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ほくほく線にのって…

離れて暮らす父が2005年9月に事故で脳挫傷、頭蓋骨陥没骨折で入院。
5ヶ月経ってようやく退院しました。
ほくほく線で父の見舞いに行った日々のこと忘れないように書き留めました。(2014年12月父他界)
両親と祖母の老老介護、遠距離介護についての想いを綴ります。(2011年12月祖母他界)
2016年2月、母を呼び寄せ、遠距離介護は近距離介護に。
退院日決まる
父の退院日が決まった。4月28日。
医師からはゴールデンウィーク明けに、と言われたらしいがGW中はリハビリも休みになってしまうので入院しているメリットがないからとお願いして前倒しにしてもらったらしい。
確かに早い方が母が病院に通わなくてすむので良いのではあるが。
ほんとに退院して大丈夫なのかな。
母と二人での自宅暮らしができるのかな。

自宅では紙オムツじゃなくていられるのがいい。
病院では紙オムツグルグル巻き。
入院患者さん共通の悩みはトイレの問題。
ある朝、父の隣りのベッドの患者さんのところへ療法士さんがお迎えに来た。これからリハビリ室まで行くらしい。
しかし、その患者さん、その前にオムツ替えをして欲しいらしく、療法士さんが看護師さんに「よろしくお願いします」と依頼するも一向に看護師さんが来てくれない。待つ間、療法士さんは廊下へ。5分くらい経過してもまだ・・・。
病室に再び入ってきた療法士さんが「○○さん、看護師さんには言ってあるからもうちょっと待ってくださいね」と話しかける。
その後もなかなか看護師さんは現れない。何度かもうちょっと待ってくださいねを繰り返す療法士さん。
遠くで「誰か○○さんのオムツ替え〜」という看護師さんの声が聴こえる。「あ、オムツ、ハイ」「もうっ、療法士さんがやってくれればいいのにね」「手がまわらないよ」・・・とか何とか。
しばらくしてやっと看護師さん登場。
そこですかさず父が「次、こっちもお願い」。
隣りの○○さんは交換を終え、療法士さんに車椅子を押されてリハビリ室に向かった。
父ももうじき療法士さんのお迎えが来る時間であるが、オムツ替え待機中。
だいたいお願いしてから20分は待たされるのだな、ということがわかった。
仕方のないこととはいえ、看護師さんの仕事が多過ぎる上に人員が圧倒的に足りない。
確か祖母が入院していた病院では看護師さんではなく、オムツ替え専門スタッフが二人ペアになって1〜2時間に一度まわってきていたような記憶がある。
病院によってシステムが違うのかな。
老人ホームだとどうなるのかな。

誰かが付き添って手を貸してくれればトイレでできるのに・・・。
 
Posted by roku
脳神経外科 / 06:51 / comments(0) /
退院先延ばし
父の入院は数日間かもという話もあったが、そう早くは退院できない様子。
寝てばかりいた父も新聞を読んだりするようになった。
冬の間、休んでいたリハビリも入院中なら迎えに来て連れていってくれるので再開。
で、母は父の入院を理由にヘルパーさんを断ることにしたいらしいが・・・。
ケアマネさんからは、ダメ出し。
それについてわたしに電話してきた母。
「おかあさんは何でも自分でできるし、ヘルパーさんが来るとなればうちに何時までにって帰らないかんし、かえって面倒なんやわ」とのこと。
「じゃあ、回数減らして来てもらうようにしたら?」と提案しても「うーん・・・」と気のない返事。
必要ないと言いたいらしい。
だけどGWくらいまではストーブを使うので給油だけでもしてもらえたらと思う。なのに母は自分でできると言う。
近所の○○さんも××さんもみんなひとりでやっとるよ、と言うので「だってお母さん、危ういもの」と言うと「歳はとりたくないね」とショックな様子。「お母さん、そんなだめかなぁ」
「うん!全然だめ」
キツく言い放ってしまいちょっと可哀相だったかなぁと思ったけど、人の助けを借りたくない、ひとりでできる、と意固地にがんばるのもまた認知症のひとつのような気がして・・・。
結局、病院への行き帰りもタクシーを使わずバスを利用しているし・・・。また転んで骨折したらどうするつもりなのか・・・。
わたしの口調も話しているうちにどんどんきつくなってきて最後は「じゃあ、好きにすれば!」と電話を切ることになってしまう。父の入院以来、毎日電話してきていたのに、そういう訳で昨日は母からの電話はなし。わたしからもかけない。
祖母もヘルパーさんを嫌がっていたし、母の気持ちもわかる。
しかし、今回、初めてヘルパーさんを利用するのであれば抵抗する気持ちもわかるが、今まで何年もお世話になってきていて、今さら必要ないと言われても・・・。
まあ、確かにもともと母は「来てもらってもやってもらうことがない」と言っていたのではあるが。
結局のところ、母にはわたしの助けも必要ないんだろうな。
来週、帰省するのやめよかな。父が退院のときはどうせ行かなきゃいけないんだろうし。
心配してるのに、かわいくない母。母娘はむずかしい。
 
Posted by roku
脳神経外科 / 08:05 / comments(0) /
毎年入院
昨日書いたようにサイドバーのブログ内記事の検索機能で『父入院』を検索してみると→
毎年入院していたことがわかった。
2013.4月
2012.2月
2011.6月
2010.9月・・・
原因はいろいろで数日の入院の場合もあるし2010年のように半年のときもあった。(このときの退院日はなんと3.11の前日、2011.3.10であった)
結構、忘れているものだなぁと思った。

昨日の母の話によるともうすぐ退院かもしれないというのであるが、これまでも数日から数週間と言われた入院が数ヶ月に及んだこともあるのでまだどうなるかわからない。昨年は退院のときに帰省したので今回も退院のときに帰省できればなと思ってはいるがどうかな。再来週の平日っていうのがベストなんだけど。
ICUから大部屋に移った父。二人部屋も空いていたそうだが差額ベッド代が高いからと大部屋を選んだ父。以前なら個室を選んだのに・・・。入院が長くなると思っているのだろうか。
病院で洗濯してくれる寝間着も利用していないという。着替えが面倒だからかねぇと母は言うけど。
面倒だからと動かなくなっては困る。洗面、着替え、排泄など最低限の日常生活を投げてはダメだ。
なんというか今の父からは生きる希望のようなものが感じられない。
甲子園にも興味を示さなかったらしい。

わたしの方はとにかく帰省に備えて仕事を片付けること。もうこれにつきる。がんばろ。
 
Posted by roku
脳神経外科 / 09:19 / comments(0) /
症候性てんかん
昨日、治療計画書がもらえて父の症状名が明らかになった。

症候性てんかん。

さっそく検索してみるといくつかの原因のひとつに脳の血管障害があった。
おそらく脳挫傷の後遺症。
事故後の手術のときに今後考えられる後遺症について医師から説明を受けた。そのときに手足にマヒが残ることとの他にけいれんの発作についてもきいた記憶がある。だからけいれん止めの薬は一生服用することになると。
これまでもたまにけいれんの発作に見舞われたことがある。
救急車で搬送されたことも過去にあった。
今回のけいれんは母は「こんなのは今までなかった」と言ったがほんとにそうなのかどうかは定かではない。
わたしが目撃したことがあるのは一緒に温泉旅行に行ったときのしばらく横になっていればおさまる程度の小さなけいれん。(まぶたがピクピクするような)

いずれにしても想定内の発作だったのかな。
脳梗塞ではなかったよう。
治療は点滴と服薬でおこなうようで期間は数ヶ月とのこと。
入院は数日と計画書には書かれていたようだが実際はどうなるだろう。昨年の肺炎のときは1ヶ月くらいの入院だったような。
動けない状態だと自宅での生活は困難なのでしばらく病院にいた方が安心である。
ただ、母が通院するようになるのが心配。
タクシーで行ってねと言ってもバスを利用する。
すでに高齢者用のパスの購入で割引があるからと市役所まで出向いている。(こういうことはなぜか素早い)
その市役所に行くのに途中で道に迷って、郵便局で道を尋ねた際にどなたかが(職員の方かどうかは不明)案内して連れていってくれたと言う。口頭で教えるのではなく、市役所まで連れていってくれたとはずいぶん親切であるが、それだけ母が危うく見えたということでもあるなぁ・・・。
今週と来週で仕事を片付けて、帰省を計画している。それまでに父の退院日が決まればそれにあわせて帰省するのがいいかな。病院にいる間はそれほど心配がないので。昨年も退院に合わせての帰省がして良かったと思ったのでうまくタイミングが合うといいが。

けれども本当に自宅に帰れるのだろうか・・・という心配も。

追記・このブログのサイドバーにブログ内を検索できる機能をつけているのでそこで「けいれん」をキーワードに検索してみたら過去記事からけいれん関係のものがピックアップされた→
これを読むとこれほどまでに!と思うくらい何度もけいれんの発作が起きていたことが判明。自分でも忘れていたこともあり、あらためて記録しておいてよかったと思った。更新も滞りがちでやめようかなと思うことも多いがやっぱり今後もつらつらと綴ります。
Posted by roku
脳神経外科 / 08:28 / comments(0) /
父入院
先週土曜の夕方に母からの電話。(17時40分頃)
父が大便あとから左手がけいれんするようになったとのこと。
病院行こうか、救急車呼ぼうかと話かけると怒り出し、すごいけんまくでそんなことせんでもいい!と怒るんだけど・・・という。
心配ではあったが興奮させる方がいけないと思い、母には様子をみるように伝える。あと病院に電話をして相談するように勧めた。
そのあと夕食の支度があり、夕食を終えたところで「けいれんは治まりましたか?」と母にメールをしたところ、「まだ」という短い返信が帰って来た。(19時40分頃)その後は「病院に連絡しましたか?」とメールを送っても返信なし。
気になったのでけいれんについて検索してみると、脳梗塞の可能性があることに行き当たる。
ああ、すぐに救急車を呼ばなくてはいけなかったのだと、慌てて母のケータイにかけると珍しくすぐにつながった。
きけば母は病院にいると言う。父は救急車でかかりつけの脳外科医院に搬送されたのだ。
わたしに電話したあと、病院に電話をしたらすぐに連れてこいと言われたのだが、父が「大便がしたい」と言い出し、母の力では父を起こすことができず、近所のご主人に応援を頼み、父に用を足させたりしたのちようやく救急車を呼んだのだという。
案の定、救急隊員の方からはどうしてもっと早く呼ばなかったのかと叱られたとか。脳外科医院でも同様に叱られた。
父は救急車の中で吐いたという。
脳梗塞の場合も吐き気やめまいがあるという記述があった。やはり・・・。
「そうだね、早く病院に連れていかないといけなかったね。そしてこういうときは動かしてはいけなかったね・・・」とわたし。
「でもおかあさんは悪くないよ。わたしも様子みろじゃなくてもっと早く検索してればよかった。気にしてればよかったよ」
父が興奮して怒っている状態のときに母は何もできないことはわかっている。だから母は悪くはない。わたしが呑気過ぎたのだ。
そして父も父だ。父がもっと素直に母のいうことをきいてくれれば・・・。全てはあとのまつり。
土曜の夜なので担当の先生はいなくて、対応した医師からは「薬が増えるかもしれませんよ」と言われたそう。
点滴の処置をしてもらい本人は「ケロッとしとるよ」とのことだった。(20時20分頃)意識もあり、会話もできるというので少し安心した。
入院の手続きをとり、母は一旦自宅に戻り、必要なものを持って再び病院へ。結局、自宅に戻れたのは深夜1時を過ぎたらしい。
日曜は診察もないので、点滴のみでとりたてて変化なし。ICUに入っており、食事は自分でしている様子。
月曜になれば診察&病状の説明があるのかと思っていたのだが「特に何もない」とのこと。
どういうことなのだろうか?
入院がどのくらいになるかや、けいれんの原因など不明のまま。
父は寝てばかりいる。
そして母にはいくら言ってもタクシーではなくバスで病院に通うつもりらしい。またそれでバスの中で転んで骨折でもしたらかえって高くつくよ!と注意するがそうやね、と力なく苦笑いするのみ。高齢者用のバス定期を買うという。それだと6000円くらいで乗り放題らしく、タクシーは往復で5000円を超えるので気持ちはわかるが・・・。
今月帰省はするつもりでいたが、どのタイミングでするか悩み中。
今日は診察してもらえるのだろうか・・・?
Posted by roku
脳神経外科 / 07:32 / comments(0) / 昨年の記事
とりあえず異常なし
母の転倒後の頭部MRIの結果、とりあえず異常なし。
2年前と比べても特に変化はなかったよう。

母も元気になっていた。
数日前は、かかっている内科医師との関係がうまくいかないとぼやいていたが、今回のMRIの脳外科医師は気に入ったようだった。
両親ともにいろんな病院にかかっていて、わたしも混乱する。
外出といえば病院・・・・。
こんな晩年でいいのだろうか・・・。
Posted by roku
脳神経外科 / 06:42 / comments(0) /
母、転倒
母が買い物先で転倒した。
なんでもないところだったらしいがふらついて前に転倒。
頭も打ったらしく、耳のあたりから出血も。
手の小指が内出血。膝打撲・・。

脳外科で診察を受ける。異常はないようだったが念のため今度MRIも。
高齢者は転倒して数ヶ月〜半年くらいに頭の中で出血したりするので注意が必要らしい。

わたしにとってこの10月からの季節は鬼門だ。
毎年、何かある。
仕事も忙しくなってくるこの時期に家族の入院が重なる。
一昨年は祖母のガン手術。同時に父も入院していた。
去年もこの時期に祖母が入院。

さらに昨日、母から電話があり、イライラしていた父が母に腹を立てたときに血圧が上がったようでけいれんの発作が・・・。

来月、帰省します。
Posted by roku
脳神経外科 / 08:33 / comments(0) /
左手
今日も石川は猛暑になるそう。
もう祖母はいないからこれまでほどは心配はしていないけど、なるだけ気温は上がらないでくれと毎日祈るような気持ちで天気予報をみる。

先月の帰省で気になったこと。
それは父の左手がもう使われていないこと。

もうずっと前のことかもしれないけど補助的に左手を使っていた。ペットボトルぐらいなら持てたし、玄関の手すりを両手でつかんでいたときもあった。
母と握手したことに涙したり・・・。親指と人さし指をくっつけるOKのサインができたと喜んでいたときもあったのに。
父の今の左手は固くむくんでいる。
そばにいて毎日リハビリ手伝ったりしてあげていれば今でも動いていたのではないだろうかと思う。
いろんなことを諦めた両親。
そしてそれを放置しているわたしたち。

昨日、ランニング中に転んで手をつき、左手手首をひねったわたし。
以前にも同じようなことがあり、左手が不自由な日々が続いた。
たかが左手、されど左手。
左手が使えないとはこれほど不自由なのかと思い知らされる。

ときどき、たまらなく悲しくなります。


Posted by roku
脳神経外科 / 07:33 / comments(2) /
発熱
一昨日の夜、母から電話があり、父が発熱したとのこと。
38度7分くらいの熱があってベッドから起きられず、トイレにも行けないと言う。
垂れ流し状態になってしまい、濡れたズボンやパンツはなんとか取り替えたが、シーツなどは本人が動けないので取り替えられないという・・・。
救急車を呼ぼうかとも思ったが、それほどではないと本人が言うのでとりあえず様子をみるということだった。

母には、脇の下とかにアイスノンを抱えさせたりして熱を下げるようにアドバイス。手術後、連夜、高熱が出たときも看護師さんがそんな風にしてくれたでしょと説明する。
けいれんが起きたら、救急車呼んでねと念を押し、電話を切った。

翌朝、電話をしてみると熱は平熱に下がったとのこと。
トイレまで歩くこともでき、ケロッとしているとのことだった。病院に行こうかとも考えたが父が必要ないというので行かないとのこと。とりあえずホッ。
昨日は月曜でヘルパーさんが来て入浴の予定。風呂にも入ると言っていた。大丈夫だったかな?

動けなくなったのは熱のせいだったのか?
熱は何が原因だったのだろう?

母も落ち着いていたので、先日のNHKスペシャルの話をする。霧島リハビリセンターすごかったね、と。
実家の近所のスーパーでたまに会う脳梗塞で片麻痺の顔見知りさん(若い人なんだそう)もあそこの病院に入院するって言ってたよ、
お父さんはもう6年も経ってるからねぇ・・と母。

あきらめたらそこで終わりだよ、とわたし。

死ぬまで生きるしかないし、リハビリは一生続く。
それは父だけではなく、みんな一緒。
あきらめたらそこで終わりだよ・・・

そうやって自分にも言い聞かせた。
Posted by roku
脳神経外科 / 07:01 / comments(0) / 昨年の記事
褒めると脳が変わる
前回のつづきです。

番組では革新的なリハビリテーションの紹介のあとは、誰にでも簡単にできることが紹介されていた。
それをやると脳が変わるという。

その簡単なことというのが『褒める』こと。
脳は褒められたがっているんだそう。
褒められると報酬系というところからドーパミンが出て脳が活性化されるということだった。
これ、以前にも脳科学者の書いた本で読んだことあります。

家族が褒めることでリハビリの効果が高まるそう。
褒めるときのポイント。
その1・具体的に褒める
その2・すかさず褒める

褒められることで自信がつく。
リハビリの効果が実感できなかった患者さんに、数値や脳の画像のビフォア、アフターを見せて具体的に良くなっていることを確認してもらうと、当人は途端に笑顔。
具体的にっていう点はかなり重要。特に父のような理数系の人には。

父は現在は好々爺になっているが、昔から人を褒めない人だった。
いつも難しい顔をしていたという印象。
わたしもあまり褒められた記憶がない。テストで95点くらいをとって当然褒められるだろうと父に見せると「なんで100点じゃないんだ」と逆に怒られた記憶が・・。
好きな野球を観ていてもやった!と点が入ったことに喜んでいるというよりは「あんな球じゃダメだ」とか「何をしとるんや!」と野次を言いながら観ていることが多かったように思う。
つまり他人に厳しい・・・。
そしてその分、自分にも厳しい。

だからおそらくあまり褒めることがないのではないだろうか。
きっとリハビリ中に「よくできましたね」と褒められても自分では「ダメだダメだ」って思っているのでは。それがリハビリが進まない原因にもなっているのでは。
もうちょっとお調子もんになった方がいい。
そして父自身が他人に甘くならなくては。
まずは、母を褒めることからだと思い、そのことを母にメールしてみると・・・。『難しい事だよ』と返信されてきた・・・。

脳科学的に言っても、人は褒められることで伸びる。
罰やおどしでは伸びない。
もっともっと褒めなきゃいけない。誰も褒めてくれないなら自分で自分を褒めよう。

そして達成できたらご褒美を♡
いつでも"よかった探し"をすることがコツではないかと思う。

わたしと妹が離れたところで暮らしていることで、実家は祖母と両親の三人暮らし。
お互い褒め合うこともあまりなく、そこがまずいなぁと思う。
もっと会う機会が多くて、すごいね、できるようになったねといつもいつも褒めてあげられたらいいのに。
母ともすぐ電話で母の家事できないぶりを批判してしまうわたしだけど、もうちょっと母も褒めないと。一番単純な祖母は褒めるとすぐにニコニコ。だから母にも祖母を褒めるように言わなきゃね。

そして最近思うこと。
そういう訳で親からあまり褒められずに育ったわたしはなんだかいつも褒められたがっている。特に一番身近な夫から褒められたがる。
愛情に飢えているというよりは「ホメ」に飢えているんだな。
Posted by roku
脳神経外科 / 06:44 / comments(0) /