Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< June 2018 >>
1日ワンクリック応援してね
にほんブログ村 介護ブログへ にほんブログ村 介護ブログ 遠距離介護へ
にほんブログ村 家族ブログ 実家・親へにほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
はじめまして
最近の記事
コメント
カテゴリ別
月ごと
アマゾンで検索
このサイト内を検索

ほくほく線にのって…

離れて暮らす父が2005年9月に事故で脳挫傷、頭蓋骨陥没骨折で入院。
5ヶ月経ってようやく退院しました。
ほくほく線で父の見舞いに行った日々のこと忘れないように書き留めました。(2014年12月父他界)
両親と祖母の老老介護、遠距離介護についての想いを綴ります。(2011年12月祖母他界)
2016年2月、母を呼び寄せ、遠距離介護は近距離介護に。
結婚指輪を外す

今日、母のところへ行ったらスタッフの方から母の指輪を渡された。

指に食い込んでいるので看護師さんが外したそう。

またはめると困るので部屋には置かず、持ち帰ってくださいとのこと。

先日から結婚指輪を外していたときがあったのはそういう訳だったのだ。

わざわざ外していたものをわたしたちは「はめないの?」とまた母の指にはめていたのだった。

確かに母の指は少しむくんでいたし、指輪が食い込んではいた。

けれども祖母もそんな風に食い込みがちでありながらずっと結婚指輪ははめていたからそういうものだと思っていた。

つまり、外したりはめたりしないでずっとはめっぱなしなのが結婚指輪だと。

 

わたしが今日持ち帰ってきた母の結婚指輪。

当然のことをしたまでなんだろうけど気分は沈む。

 

父の写真を見ても「この人は?」と言う母。

晩年の父の顔に見覚えがあまりないらしい。

 

両親にはずっと父と母であってほしいと思う子供の心・・・

 

母の足を触るとふくらはぎ、膝の後ろの下、カチカチだ。

なんとかしてあげたい。

でもどうやって。

 

Posted by roku
つぶやき・その他 / 20:40 / comments(2) /
LL

先週は母の夏用パジャマとLサイズのズボンを購入し母訪問。

パジャマも夏用と言っても半袖じゃない方がいいだろうし、Mなの?Lなの?と散々悩んだ。

ほんと難しい。

 

訪問してみると母はちょうどトイレタイム。

スタッフの方によれば「娘さん来ましたよ」とトイレの中で声をかけたら「え?娘?そんなんおったかな〜?」と言っていたとか。

わたしも忘れられてしまう日がもうすぐ来るのだろうか。

買ってきたLのズボンを試着してもらうとLLでもいいくらい。

母は瘦せ型と勝手に思っていたがどうも違ってきている。

服の上からメジャーで緩めに測るとウエスト88、ヒップは100に迫る。

リハパンを履いているしどう考えてもMは無理だった。なのでこれまでのは全て買い直しだな。

ウエストだけじゃなくふくらはぎなども太め。むくみもあるみたいだけどもともと下半身はがっしり型のようだった。

つまりそれはわたしと同様でわたしの体型は父親似と思っていたが実は母とそっくりなのだった。

次回はLLを買っていくつもり。

 

午後2時からは散歩だったので一緒に出る。車椅子はわたしが押す。

母は外出をあまり好まないようだ。

わたしがいるときは車椅子じゃなくて歩きにしてもらおうかなとも思うが言い出せないでいる。

GHに入居してからあれよあれよと言う間に認知症が進んでいる感じ。足腰の弱り方もスピードアップ。

このままでいいのだろうか?

1週間便秘していたので下剤を使ったようで妹の訪問時には大をもらしてしまい大変だったそう。

サ高住のときは掃除してもいつも便器に軟便がついていたので便秘はしていなかったはず。薬の影響なのかそれとも運動不足からか。

仕事先で1年ぶりに高齢の女性(おそらく母より少し上)とお会いすることがあったのだが一年前よりふっくらとされていた。

太ったというよりは全体的にむくんでいるような。そして歩き方が一年前よりかなり危なっかしくなっていた。

母もしかりである。

だからと言って具体的にどうしたらいいかもわからないし。

GHのスタッフさんもトイレ介助や風呂介助、食事の支度、洗濯など日常業務で手一杯で現状より上向きになるよう何かするということは不可能のよう。

食事のときの席替えがされたようで以前は四人一緒のテーブルだったのが母は二人席に。

食べるのが遅いからテレビから離したということだった。

母のことは気になっても仕事や自分の生活も忙しく日々が慌ただしく過ぎてしまう。

 

 

 

Posted by roku
つぶやき・その他 / 15:28 / comments(0) /
誕生日

昨日はわたしの誕生日。

母を訪問してくれた妹が気を使って母のところから母の携帯で電話をくれた。

母と電話を代わるも母は瞬間にわたしの誕生日のことなど忘れたとみえて「あんたは今日はお休みかぁ?」とひとこと。

どうも電話が聞こえにくいようで母は適当な相槌でごまかすのでなかなか会話もなりたたず・・・。

それでも母と話せて嬉しかった。

義母からは例年通り野菜など届く。

義母はしっかり覚えていてくれる。

お義母さん、ありがとう★

 

今週の土曜にGHで家族会があるので今週は木曜ではなく土曜に訪問する予定。

そのときに何かききたいことや要望があるかな?と妹にきいたら、母の車椅子での散歩についてのことだった。

スタッフの手が足りないと留守番になってしまうこと・・・。

ただでさえ運動できていないのでもう少し歩行訓練みたいなことをしてもらえないかとのこと。

これにはわたしも同感。

GHはそういう場所ではないのかもしれないが。

未だに有料老人ホームとグループホームの違いがよくわからない。

グループホームが認知症専門というのはわかるのだがそれ以外の点であやふや。

入居金がいらなかった分、サービスは劣るのだろうか。

少人数のため設備やスタッフの数が劣る?

 

家族会、どんなのか少し楽しみである。

 

 

Posted by roku
つぶやき・その他 / 13:07 / comments(2) / 昨年の記事
親家片帰省

二泊三日で帰省してきた。今回の目的は実家の片付け。

従姉妹も手伝ってくれるというのでこれまでより気合いを入れての片付け。

とりあえず一階の部屋と台所の片付けをすることに。

片付けと言ってもほとんどは捨てる作業。燃える燃えないを分けてどんどん袋に入れてゆく。

わたしは書類担当。介護計画表など介護にまつわる書類の多いこと。捨てずにとっておいてあるので祖母、父、母の3人分。

病院の領収書なども。あとは役所からの郵便物など。封筒ごととってあるので紙ゴミも膨大な量になる。

個人情報まるわかりな同窓会名簿なども毎年送られてきているようでごっそりある。それをちぎっては捨て、ちぎっては捨て。

手がかさかさになった。

従姉妹はいらない食器やサランラップの山、様々な買い置きの山を崩していく。

ティッシュも大量にあった。

生協で毎回毎回買っていたようだ。

ヘルパーさんに止めてください!と言われ電話したっけなぁ。

押入れの奥からはもらいものの洋酒や結婚式の引き出物やお祝いのお返しの品など箱に入ったままこれも大量に。

わたしがプレゼントしたものなども結局は使われずにたんすの肥やしになっていた。

それを全部捨てる作業。むなしいし、傷つく。

写真もただちらっと本人が写っているというだけのものなど誰かから焼き増ししたのを送ってもらったのをそのままあるので破いて捨てた。父のも母のも。

こんなことしていいのだろうかと悲しくなる。でもとっておいても仕方がない。

本当は本人がこれはいらないなと捨ててくれれば楽なのに。

母が一人暮らしの頃は毎月帰っては冷蔵庫の中のものを捨てていた。

牛乳、しらたき、豚こま、豆腐、コーヒーゼリー・・・いつも同じ品を買ってきていた母。

あれもつらかった。今回の方がまだましかな。

親家片で検索すると誰しも大きなストレスを抱えているのがわかった。うちだけではない。

うちの母だけがだらしがなかったのではない。

捨てられない世代の親たちよ。真剣に考えてください。遺された人がどんな気持ちで片付けなければいけないのかを。

母は節約していたつもりだろうがこれはどれだけの無駄なことだろうか。

いらないものばかり買って、使わずに消費期限が来て結局は捨てる。今は捨てるのにもお金がかかる。

携帯ラジオが6個くらいあった。爪切りは10個くらい。ハサミも20本くらいか。なぜなんだろう。

父もまた捨てられない人だったようだ。

親の捨てられないものは子供をこうも苦しめるのだ。

捨てるという負の作業はネガティブなものしか生まない。

そしてまだまだ終わりそうもない。

最終的には業者にお願いすることになるんだろうな。

10代の頃、わたしは「遊牧民になりたい」とつぶやいていた。あれはかなり本心だった。物や家に縛られるのはごめんだった。

 

しかし、そんなことよりショックなことが。

妹に報告の電話をして、母の近況を話していたときに知ったが母は散歩は車椅子で出掛けているということ。

1年前は毎週訪問したら一緒に散歩していたのに。

グループホームでは団体行動になるのでみんなについていけない母は車椅子に乗せられる。

転倒したら危ないから仕方ないことだけどでも自分の足で歩いていて欲しかった。

まだ70代です。同じ認知症でも90代の人がしゃきしゃき歩いているのに。

GHで手厚いケアをしてもらうようになってから母はどんどん自力で何かするということをしなくなった。

そういうものなのかな。

わたしが毎週母としている体操も結局は無駄なのでしょうか。

 

 

Posted by roku
つぶやき・その他 / 20:29 / comments(2) /
ハピバ

昨日は母の誕生日。お祝いを言いたくて電話。

妹たちが訪問している時間なら電話に出られるかなぁと狙ってかけてみる。

ちゃんと通じた。

誕生日だよ〜と言っても「へぇ〜」って感じだったが(妹が伝えてるはずだけどね)。

「今、妹ちゃんとNちゃんが来てるよ」と母。

あ、ちゃんと姪っ子ちゃんの名前が言えてる。

ときどきわからなくなってしまうようだったから良かった。

もうそれだけで嬉しいのです。

 

祖母もそうだった。

祖母が笑ってくれるだけで嬉しかった。

母もそうなりつつある。

病気で苦しんだりしなくて、穏やかな日々であれば他には望みません。

 

 

Posted by roku
つぶやき・その他 / 13:14 / comments(2) /
反省

骨折して三週間。当初は三週間もしたら歩けるようになっていると思っていたがまだギプスも取れず。

母には電話をするがつながっても聞こえていなかったり。

松葉杖になってわかったが電話のベルが鳴ってから電話口に出るまで時間がかかる。松葉で移動している間に切れてしまったりする。

そして電話に出ようと焦ってしまう。これが転倒につながる。

わたしの電話もそんな風に母を焦らせてはいないだろうか。

ベッドから起き上がって移動するときに転んでしまわないだろうかと考えたら電話ができなくなった。

母からは夜中の1時半や午前4時台に電話がかかってくる。出ても無言だから着信ありのランプをみて携帯をいじってみただけのよう。

一応近況を知らせるつもりでハガキを出してはみたけど記憶には残っていないみたい。

 

松葉杖で家の近所を歩いてみた。

父が退院後、母と二人でこちらに遊びに来たときに一緒に歩いたコース。ほんの300mほどだけど歩道が狭くギリギリを車が通ったり、川沿いの遊歩道に数段の階段があったり。松葉杖も家では慣れてきていたけれど表を歩くのは家の中とは全然違っていて怖かった。父も病院内ではスムーズに歩けただろうがビクビクだったのではないだろうか。今更だけどあのときのことを反省。

一緒に歩くスピードもわたしはゆっくりにしていたつもりだが父にとっては速すぎて必死に歩いていたのだと思う。

Posted by roku
つぶやき・その他 / 13:55 / comments(2) / 昨年の記事
左へ寄ってしまう

先週の木曜は比較的いいお天気だったので母をシルバーカーのお試し散歩へ連れ出す。

歩き出しは順調だったがなぜか左へ左へと寄ってしまう。

本人も「こっちへ自然と曲がる」と自覚していたが修正できず。

足または腕の力の左右差がそうさせてしまうのか?

途中で自分でシルバーカーを持ち上げ軌道修正しながら歩くこととなる。

でもまたすぐに左端に寄ってしまう。

わたしが左側を歩き、シルバーカーの左ハンドルに触れ曲がらないように歩くと大丈夫なのだがしばらくすると母は「手離して」と言う。そのようなことをすると歩きにくいと言うのだ。

結局わたしは手を離し、母は常に左端に寄りながら時々軌道修正しながら進むということになった。

腰の曲がったおばあさんだって自在にシルバーカーを扱っている。

それなのに母の不器用さは…

そしてその不器用さはそのまんまわたしにも受け継がれていてなんだか悲しくなってしまう。

歩道の少しの段差なら乗り越えられるがちょっと段差が大きいと難しそう。自転車とのすれ違いは大丈夫だろうか。

安心して歩けるように購入したけどまた新しい心配が出てきそうな。

 

土曜の夜は母から電話があった。今、食堂からお部屋に戻ったのだという。(カエルコール的?)

ずいぶん遅いね、と言うとカラオケ大会があったからのようだった。

しかし、参加者は男性のみで母と食事のときにお隣の人の二人だけが残っていたのだと言う。

なぁもおもしろくないし、と母。

つまらなくて電話してきたのだろうか。

わたしも大勢の集まる場は苦手。カラオケも苦手。

たくさんの中で孤立して壁の花になるくらいならひとりで部屋にいた方がいいな。

たくさんの中にいる方がひとりより寂しいってことあるよね。

 

そんな母に毎日でも電話してあげればいいのだけど、つい時間を逃したり、母が電話に出てくれなかったり、通じても会話が続かなかったり。思うようにはいかない日々。

Posted by roku
つぶやき・その他 / 06:37 / comments(0) /
急遽帰省

土曜の朝に叔父(父の兄)が亡くなり、日曜お通夜、月曜葬儀となり急遽石川に帰省することに。

母に連絡しても誰かわからないかな〜と思ったらそんなことはなく、連絡してきてくれた長男さんのこともしっかり認識していた。

通夜葬儀にはわたしが行くよーと言うとほな、お香典包まんなんねとスイッチが入る。

お香典は立て替えて持っていくからと電話を切ったあとも5回くらい母から電話。

普通の会話は1時間もすれば忘れてしまうのにこの件は違ったようだ。

帰ってきてから報告の電話をしたが、そのときもちゃんと覚えていてくれた。

記憶が三日間持っていたなんてすごい。

いつもなら午前中に病院に行ったことも午後には忘れているのに。

この件はいつもとは違う引き出しにしまわれたのだな。

 

一泊二日の慌ただしい帰省だったけど実家の様子も見に行く。

9月に帰省したばかりなので変わりはなくポストに郵便物が溜まっていることもなく。

お隣さんが窓越しに顔をのぞかせていたのでごあいさつ。「お母さん、元気か?」と気にしていただいていた。

通夜葬儀の際も親戚の方々から「元気にしておられる?」と口々に尋ねられ、そんなことより叔父の弔問なのに申し訳なく。

これまで親戚とのおつきあいをそれほどしていなかったのだけど(特に父方)やはりこれはこれで大事なことなんだなぁと思ったりもした。

わたしは結婚式も簡単に済ませてしまったし(家族と友達のみ)子供はいないから入学のお祝いのやりとりもなく、帰省といえばお盆や正月を避けた時期。叔父や叔母から見ればずいぶん勝手な娘として認識されていたのだろうか。

来月の父の三回忌も家族のみでやるつもり。

これは非難されるのかどうなのか。よくわからない。

 

父は五人兄弟。これで兄弟全員があちらに集合した。

今頃は好きなお酒をみんなで飲み交わしているのだろうか。

 

Posted by roku
つぶやき・その他 / 10:57 / comments(0) /
空き家に帰省

半年ぶりの帰省。今回は夫と二人で車で。

前回の帰省もすでに誰もいなくなった空き家への帰省だったけど、空き家になってからまだ一ヶ月ほどのことでそれほどの変化は感じられなかった。でも半年後となると・・・。

荒れているのではないだろうかと心配だった。

3月末に妹家族が帰省してくれていたし、6月に叔母夫婦が郵便物の整理に入ってくれていたこともあり、その心配は現実とはならず、案外変わりない実家の様子にまずはホッとしたのだった。

とにかくまずはお仏壇にお参り。

我ながらわたしも変わったなぁと思うのは、なぜだか気になるのは仏壇やお墓のこと。

20代の頃などはそんなこと微塵も考えたことなかったのだが。

今回の帰省では実家の片付けも目的ではあるがお墓参りと仏壇参りができれば、という気持ちが強かった。

参ったところで何がどうということでもないのではあるが。

 

家の中でやらなきゃと思っていたのは冷蔵庫。

3月に妹がほぼ片付けてくれていたがまだ調味料などが一部残っていてコンセントを抜かず稼動している状態だったのだ。それを片付けてコンセントを抜きひと段落。これで家の中で稼動しているのは玄関のインターフォンのみとなった。

室内はきれいだったけど蜘蛛の巣は張っていた。あと床がほこりっぽい。

掃除機をかけて床を拭く。

母のアルバムの搜索。

外から見てあまりに空き家然としているのは嫌なので外回りの掃除。

仏間の障子が破れているのが外からも確認できてしまうので急遽、障子貼りをすることに。

時間もないので全面貼り替えではなく部分的にやったのだがこれがかえって面倒だった。

子供の頃、よく両親が障子貼りをしていたことを思い出す。障子貼りは夫婦の共同作業で必ず父が母にいらつき怒鳴り声を出すパターン。子供心にそれが嫌で・・・。

なのに今回は夫と同様に「曲がってるじゃん!!」とお互い掛け合い、苦笑いだった。

最後はテープで貼ってお茶を濁し、上出来上出来ということにした。

あとは草取りであるが、神奈川以上の猛暑の石川。とてもじゃないが日中は無理。

二日目は夕立があり、その合間を縫っての作業でなんとかこなす。

今後も住む予定は今のところない家に手をかけている作業は虚しいがでもやらないとどんどん荒れてしまうので仕方ない。

これからも数ヶ月に一度は来ないとな〜と思った。

結局、遠距離介護は終わってないのかしら。

それでも以前の帰省のように帰ったらとにかく掃除、洗濯、食事の支度と家事に追われるのではなく、もう実家では自炊できないので全て外食と割り切ると気持ち的には非常に楽になった。そして好きな時間に自由に予定が組めることも。

両親がいるときは何時に出かける、何時に戻るといちいち伝えなくてはいけなかったから。

 

お墓参りは従姉妹家族と一緒に。叔父とは数年ぶりだった。

うちの父より二つ上の叔父。自転車で出かけたりとても元気な人だったが現在は杖歩行。

足元は危ういがよくしゃべるしお元気。健在で何よりだった。

みんな高齢になりつつあり、次会えるのは・・・と考えるととにかく機会を作って会わねばと思う。

 

従姉妹が実家の片付けを手伝うよと申し出てくれたが、まだそのレベルではなく全くどこから片付けたらいいかという感じ。

先のことはまたあとで考えよう。

Posted by roku
つぶやき・その他 / 08:07 / comments(0) /
母の女子会
10日ぶりくらいの更新になってしまいました。
先日の帰省中のこと、記録しておきたいこといっぱいあるのですがそれより昨日、嬉しいことがあったので報告します。
先週も母は落ち着いていて木曜にこちらから電話したきり、金土日と音沙汰なし。
昨日、月曜夜にこちらから電話してみました。
すると「明日、お友だちが来る」と言うではないですか!!
そんなことは初めて。
詳しくきいてみると高校大学の同級生が二人、父のお参りに来てくれるのだとか。
そのうちひとりのSさんはわたしも以前お会いしたことある方です。多分、葬儀にもいらしてくださっていたはず。
そういえば父の葬儀のとき、4人くらい母の同級生がいらしてて母が駆け寄っていたなぁ。
午後2時に約束したそうでデイサービスはちゃんとお休みしたそう。
「お茶菓子買ってきた?」ときくと「うん、買ってきた」とのこと。
『だから明日はいろいろ忙しい』と母。
じゃあ、今度その話きかせてね、と電話を切った。

母ひとりなのでお友だちも気兼ねなく訪問してくださるはず。
これを機にときどき遊びに来てくださるといいなぁ。
Sさんは独身で以前はマンション住まいだったのが"昨年、将来を見据えてサ高住に引越しました"と今年いただいた年賀状に書いてあった。それだけしっかりした方なので、ちょっと変な母と会って、うまく話が会うのかどうか・・・。
母はお茶出しとかちゃんとできるのかなぁ。
暑いのに窓開けなかったりとかしないだろうか?
実は今週末に母は元職場の女性だけの同窓会のような集まりがあったのだけど、先日わたしが帰省していたときに不参加の連絡をしていた。
数年前までは参加していたらしいので会場の場所はわかっていた。
ただそこまではバス停から歩く。その距離を歩く自信がないからというのが不参加の理由。
タクシーで行けば?と勧めるのだが乗り気にならない様子だった。でも迷ってる、と何度も言っていたのできっと行きたい気持ちもあったと思う。
そのときに気になったのが母の言葉。「みじめな思いするのも嫌やしね」
女の同窓会って着ていく服がないと行きたくないとかありますよね。
わたしも、あ、みんな夜店で買ったようなアクセサリーじゃなくてちゃんとしたジュエリーつけてる・・・それに比べてわたしは・・・と思ったことあります。
母のあの言葉は何を意味していたかはわからないけれど、何かしらの引け目を感じているのかな。
だから母にはどこにでも堂々と出かけられるように整えてあげたいなぁとも思う。なのに何もできていない。やっぱり近くにいてあげられたらなぁと思うのでした。
今日の母たちの女子会が楽しいものでありますように。
また会おうね、集まろうね!楽しかった!!
と思えるものでありますように。


 
Posted by roku
つぶやき・その他 / 08:57 / comments(2) / 昨年の記事