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ほくほく線にのって…

離れて暮らす父が2005年9月に事故で脳挫傷、頭蓋骨陥没骨折で入院。
5ヶ月経ってようやく退院しました。
ほくほく線で父の見舞いに行った日々のこと忘れないように書き留めました。(2014年12月父他界)
両親と祖母の老老介護、遠距離介護についての想いを綴ります。(2011年12月祖母他界)
2016年2月、母を呼び寄せ、遠距離介護は近距離介護に。

今年も親戚からおいしい梨が届いた。もともとは石川の実家に毎年送られていたものなのだが母を呼び寄せて以来はわたしのところに送っていただいている。「お母さんにも食べさせてあげてね」とのことなのでホームに差し入れしようと思っていた。

GHのときは何個か持っていき「おやつの時間にみなさんで」とお願いすると剥いてくださってみんなで食べてくださっていた。

今回もそうしようと思ったのだが、考えてみれば食事の支度は厨房スタッフがやるのでキッチンがない。まな板や包丁もなさそう?

ということで一応電話で問い合わせしてみた。

予想通り、何個か差し入れて「みなさんで」というのはNG。母にだけ家で切って差し入れしてくださいとのこと。

別にそれでいいのだがなんだか世知辛い気はした。

なんともマニュアル通りで。

 

GHはスタッフが食事作りもする。なのでついでに果物を剥くなんてことも可能。

実は栄養士もいない。だから家庭料理に近くてそういう点もよかったなぁと。

 

まあ、スタッフの方のことを考えれば余計な仕事を増やすな!ってことですね。本当にそうだし。

今まで甘えていたのだなぁと思う。

問い合わせついでに入れ歯のことも話す。食事の進み方との因果関係がないのなら装着してほしいと。

歯科医によると入れ歯が原因ではないとのこと。しかし、実際、入れ歯を外した方が口は開きやすいらしい。なので外して食事はするが普段は入れるように伝達します、とのことだった。

ただ入れたり外したりを嫌がる場合は様子をみますとのこと。

母の会話が歯がないことで聞き取りにくかったり、美観的にも歯抜けは嫌だということは伝えたが、でも入れ歯をつけたり外したりは結構大変。母の部分入れ歯はつけるのが難しいのだ。総入れ歯なら簡単なのに。

また余計な仕事を増やすなと思われそう。

 

今日は母を訪問予定。

会うごとに後退していくので会いに行くのが苦痛でもある。先週はまあまあ良かったのだけど。

来週はケアプランの見直しミーティング。

なんでこんなにも後退のスピードが早いのか。みんなそういうものなのか?

 

Posted by roku
つぶやき・その他 / 07:53 / comments(0) /
野球観戦

昨日は甲子園決勝。

母を訪問すると「午前中に入浴があったのでお疲れ」だそうで食堂で目をつぶったまま。

呼びかけても目を開けてくれない母。お昼ごはんもちゃんとは食べられなかったそう。

しかし、「星稜が決勝に出るよー」と耳元で言えば「え?星稜が?」と目を開けた。

すごいよ、北陸三県どこも優勝したことないよ、勝ったら優勝だよ、バンザーイだよとわたしがまくしたてると笑顔になった母。

「お部屋のテレビで観る?」ときくとコクリとうなづく。

まだ試合が始まるまで時間があり、イタリア料理の番組をやっていたがそれも珍しそうに眺める母。

うん、覚醒した!

一緒にわたしの適当な解説を交えてテレビを観る。

やがて野球の試合開始。

点数が0-0とか表示されるのは理解しているようだった。

父が野球をしていたこともちゃんと覚えていた。

さすがに試合の途中からは目をつぶってしまったけど久しぶりにまともに会話ができた感じ。

九九の2の段も言えた。

車椅子上の身体もまっすぐで足の上げ下ろしもスムーズ。

星稜高校ありがとう。あなたたちの活躍のおかげで母と観戦できた。

 

しかし試合が終わるまで観るのはは長すぎるので1時間内には切り上げた。

わたしが帰るので母を食堂に連れていく。

すると顔が少しこわばり、無言になる母。

前から思っていたのだけど、重度の他の入居者さんと一緒に過ごすのは嫌なのかもしれない。

今のホームの食堂は母にとっては嫌な場所なのかも。

GHの食堂のことは「ホール」と呼んでいた母。みんながいつも集まっていたし広々としていた。

今のホームの食堂は「ホール」とは呼べない。

狭いし、雑然としている。

スタッフの方はだいたいにおいて親切なのだけど・・。

 

最近、新しい入居者さんがあったようで(男性)その方は母を奥さんと間違えて帽子をかぶせたとか。

そういうことも母は嫌がりそうだ。

 

今度の日曜はホームで納涼祭のイベント。家族も参加できるので参加するつもり。

どんな雰囲気なのか?

しっかり見てきます。

 

Posted by roku
つぶやき・その他 / 20:57 / comments(2) / 昨年の記事
結婚指輪を外す

今日、母のところへ行ったらスタッフの方から母の指輪を渡された。

指に食い込んでいるので看護師さんが外したそう。

またはめると困るので部屋には置かず、持ち帰ってくださいとのこと。

先日から結婚指輪を外していたときがあったのはそういう訳だったのだ。

わざわざ外していたものをわたしたちは「はめないの?」とまた母の指にはめていたのだった。

確かに母の指は少しむくんでいたし、指輪が食い込んではいた。

けれども祖母もそんな風に食い込みがちでありながらずっと結婚指輪ははめていたからそういうものだと思っていた。

つまり、外したりはめたりしないでずっとはめっぱなしなのが結婚指輪だと。

 

わたしが今日持ち帰ってきた母の結婚指輪。

当然のことをしたまでなんだろうけど気分は沈む。

 

父の写真を見ても「この人は?」と言う母。

晩年の父の顔に見覚えがあまりないらしい。

 

両親にはずっと父と母であってほしいと思う子供の心・・・

 

母の足を触るとふくらはぎ、膝の後ろの下、カチカチだ。

なんとかしてあげたい。

でもどうやって。

 

Posted by roku
つぶやき・その他 / 20:40 / comments(2) /
LL

先週は母の夏用パジャマとLサイズのズボンを購入し母訪問。

パジャマも夏用と言っても半袖じゃない方がいいだろうし、Mなの?Lなの?と散々悩んだ。

ほんと難しい。

 

訪問してみると母はちょうどトイレタイム。

スタッフの方によれば「娘さん来ましたよ」とトイレの中で声をかけたら「え?娘?そんなんおったかな〜?」と言っていたとか。

わたしも忘れられてしまう日がもうすぐ来るのだろうか。

買ってきたLのズボンを試着してもらうとLLでもいいくらい。

母は瘦せ型と勝手に思っていたがどうも違ってきている。

服の上からメジャーで緩めに測るとウエスト88、ヒップは100に迫る。

リハパンを履いているしどう考えてもMは無理だった。なのでこれまでのは全て買い直しだな。

ウエストだけじゃなくふくらはぎなども太め。むくみもあるみたいだけどもともと下半身はがっしり型のようだった。

つまりそれはわたしと同様でわたしの体型は父親似と思っていたが実は母とそっくりなのだった。

次回はLLを買っていくつもり。

 

午後2時からは散歩だったので一緒に出る。車椅子はわたしが押す。

母は外出をあまり好まないようだ。

わたしがいるときは車椅子じゃなくて歩きにしてもらおうかなとも思うが言い出せないでいる。

GHに入居してからあれよあれよと言う間に認知症が進んでいる感じ。足腰の弱り方もスピードアップ。

このままでいいのだろうか?

1週間便秘していたので下剤を使ったようで妹の訪問時には大をもらしてしまい大変だったそう。

サ高住のときは掃除してもいつも便器に軟便がついていたので便秘はしていなかったはず。薬の影響なのかそれとも運動不足からか。

仕事先で1年ぶりに高齢の女性(おそらく母より少し上)とお会いすることがあったのだが一年前よりふっくらとされていた。

太ったというよりは全体的にむくんでいるような。そして歩き方が一年前よりかなり危なっかしくなっていた。

母もしかりである。

だからと言って具体的にどうしたらいいかもわからないし。

GHのスタッフさんもトイレ介助や風呂介助、食事の支度、洗濯など日常業務で手一杯で現状より上向きになるよう何かするということは不可能のよう。

食事のときの席替えがされたようで以前は四人一緒のテーブルだったのが母は二人席に。

食べるのが遅いからテレビから離したということだった。

母のことは気になっても仕事や自分の生活も忙しく日々が慌ただしく過ぎてしまう。

 

 

 

Posted by roku
つぶやき・その他 / 15:28 / comments(0) /
誕生日

昨日はわたしの誕生日。

母を訪問してくれた妹が気を使って母のところから母の携帯で電話をくれた。

母と電話を代わるも母は瞬間にわたしの誕生日のことなど忘れたとみえて「あんたは今日はお休みかぁ?」とひとこと。

どうも電話が聞こえにくいようで母は適当な相槌でごまかすのでなかなか会話もなりたたず・・・。

それでも母と話せて嬉しかった。

義母からは例年通り野菜など届く。

義母はしっかり覚えていてくれる。

お義母さん、ありがとう★

 

今週の土曜にGHで家族会があるので今週は木曜ではなく土曜に訪問する予定。

そのときに何かききたいことや要望があるかな?と妹にきいたら、母の車椅子での散歩についてのことだった。

スタッフの手が足りないと留守番になってしまうこと・・・。

ただでさえ運動できていないのでもう少し歩行訓練みたいなことをしてもらえないかとのこと。

これにはわたしも同感。

GHはそういう場所ではないのかもしれないが。

未だに有料老人ホームとグループホームの違いがよくわからない。

グループホームが認知症専門というのはわかるのだがそれ以外の点であやふや。

入居金がいらなかった分、サービスは劣るのだろうか。

少人数のため設備やスタッフの数が劣る?

 

家族会、どんなのか少し楽しみである。

 

 

Posted by roku
つぶやき・その他 / 13:07 / comments(2) / 昨年の記事
親家片帰省

二泊三日で帰省してきた。今回の目的は実家の片付け。

従姉妹も手伝ってくれるというのでこれまでより気合いを入れての片付け。

とりあえず一階の部屋と台所の片付けをすることに。

片付けと言ってもほとんどは捨てる作業。燃える燃えないを分けてどんどん袋に入れてゆく。

わたしは書類担当。介護計画表など介護にまつわる書類の多いこと。捨てずにとっておいてあるので祖母、父、母の3人分。

病院の領収書なども。あとは役所からの郵便物など。封筒ごととってあるので紙ゴミも膨大な量になる。

個人情報まるわかりな同窓会名簿なども毎年送られてきているようでごっそりある。それをちぎっては捨て、ちぎっては捨て。

手がかさかさになった。

従姉妹はいらない食器やサランラップの山、様々な買い置きの山を崩していく。

ティッシュも大量にあった。

生協で毎回毎回買っていたようだ。

ヘルパーさんに止めてください!と言われ電話したっけなぁ。

押入れの奥からはもらいものの洋酒や結婚式の引き出物やお祝いのお返しの品など箱に入ったままこれも大量に。

わたしがプレゼントしたものなども結局は使われずにたんすの肥やしになっていた。

それを全部捨てる作業。むなしいし、傷つく。

写真もただちらっと本人が写っているというだけのものなど誰かから焼き増ししたのを送ってもらったのをそのままあるので破いて捨てた。父のも母のも。

こんなことしていいのだろうかと悲しくなる。でもとっておいても仕方がない。

本当は本人がこれはいらないなと捨ててくれれば楽なのに。

母が一人暮らしの頃は毎月帰っては冷蔵庫の中のものを捨てていた。

牛乳、しらたき、豚こま、豆腐、コーヒーゼリー・・・いつも同じ品を買ってきていた母。

あれもつらかった。今回の方がまだましかな。

親家片で検索すると誰しも大きなストレスを抱えているのがわかった。うちだけではない。

うちの母だけがだらしがなかったのではない。

捨てられない世代の親たちよ。真剣に考えてください。遺された人がどんな気持ちで片付けなければいけないのかを。

母は節約していたつもりだろうがこれはどれだけの無駄なことだろうか。

いらないものばかり買って、使わずに消費期限が来て結局は捨てる。今は捨てるのにもお金がかかる。

携帯ラジオが6個くらいあった。爪切りは10個くらい。ハサミも20本くらいか。なぜなんだろう。

父もまた捨てられない人だったようだ。

親の捨てられないものは子供をこうも苦しめるのだ。

捨てるという負の作業はネガティブなものしか生まない。

そしてまだまだ終わりそうもない。

最終的には業者にお願いすることになるんだろうな。

10代の頃、わたしは「遊牧民になりたい」とつぶやいていた。あれはかなり本心だった。物や家に縛られるのはごめんだった。

 

しかし、そんなことよりショックなことが。

妹に報告の電話をして、母の近況を話していたときに知ったが母は散歩は車椅子で出掛けているということ。

1年前は毎週訪問したら一緒に散歩していたのに。

グループホームでは団体行動になるのでみんなについていけない母は車椅子に乗せられる。

転倒したら危ないから仕方ないことだけどでも自分の足で歩いていて欲しかった。

まだ70代です。同じ認知症でも90代の人がしゃきしゃき歩いているのに。

GHで手厚いケアをしてもらうようになってから母はどんどん自力で何かするということをしなくなった。

そういうものなのかな。

わたしが毎週母としている体操も結局は無駄なのでしょうか。

 

 

Posted by roku
つぶやき・その他 / 20:29 / comments(2) /
ハピバ

昨日は母の誕生日。お祝いを言いたくて電話。

妹たちが訪問している時間なら電話に出られるかなぁと狙ってかけてみる。

ちゃんと通じた。

誕生日だよ〜と言っても「へぇ〜」って感じだったが(妹が伝えてるはずだけどね)。

「今、妹ちゃんとNちゃんが来てるよ」と母。

あ、ちゃんと姪っ子ちゃんの名前が言えてる。

ときどきわからなくなってしまうようだったから良かった。

もうそれだけで嬉しいのです。

 

祖母もそうだった。

祖母が笑ってくれるだけで嬉しかった。

母もそうなりつつある。

病気で苦しんだりしなくて、穏やかな日々であれば他には望みません。

 

 

Posted by roku
つぶやき・その他 / 13:14 / comments(2) /
反省

骨折して三週間。当初は三週間もしたら歩けるようになっていると思っていたがまだギプスも取れず。

母には電話をするがつながっても聞こえていなかったり。

松葉杖になってわかったが電話のベルが鳴ってから電話口に出るまで時間がかかる。松葉で移動している間に切れてしまったりする。

そして電話に出ようと焦ってしまう。これが転倒につながる。

わたしの電話もそんな風に母を焦らせてはいないだろうか。

ベッドから起き上がって移動するときに転んでしまわないだろうかと考えたら電話ができなくなった。

母からは夜中の1時半や午前4時台に電話がかかってくる。出ても無言だから着信ありのランプをみて携帯をいじってみただけのよう。

一応近況を知らせるつもりでハガキを出してはみたけど記憶には残っていないみたい。

 

松葉杖で家の近所を歩いてみた。

父が退院後、母と二人でこちらに遊びに来たときに一緒に歩いたコース。ほんの300mほどだけど歩道が狭くギリギリを車が通ったり、川沿いの遊歩道に数段の階段があったり。松葉杖も家では慣れてきていたけれど表を歩くのは家の中とは全然違っていて怖かった。父も病院内ではスムーズに歩けただろうがビクビクだったのではないだろうか。今更だけどあのときのことを反省。

一緒に歩くスピードもわたしはゆっくりにしていたつもりだが父にとっては速すぎて必死に歩いていたのだと思う。

Posted by roku
つぶやき・その他 / 13:55 / comments(2) / 昨年の記事
左へ寄ってしまう

先週の木曜は比較的いいお天気だったので母をシルバーカーのお試し散歩へ連れ出す。

歩き出しは順調だったがなぜか左へ左へと寄ってしまう。

本人も「こっちへ自然と曲がる」と自覚していたが修正できず。

足または腕の力の左右差がそうさせてしまうのか?

途中で自分でシルバーカーを持ち上げ軌道修正しながら歩くこととなる。

でもまたすぐに左端に寄ってしまう。

わたしが左側を歩き、シルバーカーの左ハンドルに触れ曲がらないように歩くと大丈夫なのだがしばらくすると母は「手離して」と言う。そのようなことをすると歩きにくいと言うのだ。

結局わたしは手を離し、母は常に左端に寄りながら時々軌道修正しながら進むということになった。

腰の曲がったおばあさんだって自在にシルバーカーを扱っている。

それなのに母の不器用さは…

そしてその不器用さはそのまんまわたしにも受け継がれていてなんだか悲しくなってしまう。

歩道の少しの段差なら乗り越えられるがちょっと段差が大きいと難しそう。自転車とのすれ違いは大丈夫だろうか。

安心して歩けるように購入したけどまた新しい心配が出てきそうな。

 

土曜の夜は母から電話があった。今、食堂からお部屋に戻ったのだという。(カエルコール的?)

ずいぶん遅いね、と言うとカラオケ大会があったからのようだった。

しかし、参加者は男性のみで母と食事のときにお隣の人の二人だけが残っていたのだと言う。

なぁもおもしろくないし、と母。

つまらなくて電話してきたのだろうか。

わたしも大勢の集まる場は苦手。カラオケも苦手。

たくさんの中で孤立して壁の花になるくらいならひとりで部屋にいた方がいいな。

たくさんの中にいる方がひとりより寂しいってことあるよね。

 

そんな母に毎日でも電話してあげればいいのだけど、つい時間を逃したり、母が電話に出てくれなかったり、通じても会話が続かなかったり。思うようにはいかない日々。

Posted by roku
つぶやき・その他 / 06:37 / comments(0) /
急遽帰省

土曜の朝に叔父(父の兄)が亡くなり、日曜お通夜、月曜葬儀となり急遽石川に帰省することに。

母に連絡しても誰かわからないかな〜と思ったらそんなことはなく、連絡してきてくれた長男さんのこともしっかり認識していた。

通夜葬儀にはわたしが行くよーと言うとほな、お香典包まんなんねとスイッチが入る。

お香典は立て替えて持っていくからと電話を切ったあとも5回くらい母から電話。

普通の会話は1時間もすれば忘れてしまうのにこの件は違ったようだ。

帰ってきてから報告の電話をしたが、そのときもちゃんと覚えていてくれた。

記憶が三日間持っていたなんてすごい。

いつもなら午前中に病院に行ったことも午後には忘れているのに。

この件はいつもとは違う引き出しにしまわれたのだな。

 

一泊二日の慌ただしい帰省だったけど実家の様子も見に行く。

9月に帰省したばかりなので変わりはなくポストに郵便物が溜まっていることもなく。

お隣さんが窓越しに顔をのぞかせていたのでごあいさつ。「お母さん、元気か?」と気にしていただいていた。

通夜葬儀の際も親戚の方々から「元気にしておられる?」と口々に尋ねられ、そんなことより叔父の弔問なのに申し訳なく。

これまで親戚とのおつきあいをそれほどしていなかったのだけど(特に父方)やはりこれはこれで大事なことなんだなぁと思ったりもした。

わたしは結婚式も簡単に済ませてしまったし(家族と友達のみ)子供はいないから入学のお祝いのやりとりもなく、帰省といえばお盆や正月を避けた時期。叔父や叔母から見ればずいぶん勝手な娘として認識されていたのだろうか。

来月の父の三回忌も家族のみでやるつもり。

これは非難されるのかどうなのか。よくわからない。

 

父は五人兄弟。これで兄弟全員があちらに集合した。

今頃は好きなお酒をみんなで飲み交わしているのだろうか。

 

Posted by roku
つぶやき・その他 / 10:57 / comments(0) /