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ほくほく線にのって…

離れて暮らす父が2005年9月に事故で脳挫傷、頭蓋骨陥没骨折で入院。
5ヶ月経ってようやく退院しました。
ほくほく線で父の見舞いに行った日々のこと忘れないように書き留めました。(2014年12月父他界)
両親と祖母の老老介護、遠距離介護についての想いを綴ります。(2011年12月祖母他界)
2016年2月、母を呼び寄せ、遠距離介護は近距離介護に。
一周忌
親戚の三回忌のことを考えているうちに、うちの父の一周忌のことを考えなくてはいけない時期になった。
亡くなったのが年末なので法要も年末に家族だけで、という風にしたかったのだが一周忌まではきちんとやるべきかなと思い、妹と日程の相談。
姪っ子ちゃんたちの期末試験だとか往復を考えると連休のときじゃないととか、諸々の理由で11月の連休以外は無理とのこと。
我が家は新幹線往復も考えていたので連休じゃなくても普通に土日の帰省で可と思っていたので12月がいいなとなんとなく思っていた。妹家族はいつも車での往復になる。公共交通機関は使わない。
こんな風に日程を決めるだけでもそれぞれ都合があり、すんなり決まらない。
これにお寺の都合と会場の都合もあわせるとなると一筋縄ではいかなかった。
何度も電話し、面倒くさいことこの上ない。しかもこういうやりとりが苦手。
結局、会場の都合があわず、お寺で法要を行うことにした。
となると会食や引き出物の手配も自分たちでやらねばならない。
自分たちで、ということはわたしがやらねばならないんだな。はー。
母にお寺でやると伝えたがなんだかよくわかっていないみたい。親戚の三回忌とごっちゃになっているし。
妹は会食なしで引き出物のみにしたらいいのでは?と言う。
それでもいいのだが、市外のお寺まで来てもらって、お昼の時間にあわせた法要しているのにそのまま帰していいものだろうか?
みなさん、車で1時間くらいかけて来てくれるのに。
父方の親戚とはこれまでほとんどおつきあいのないまま過ごしてきた。父が亡くなって初めて名前と顔が一致したくらい疎遠だったのだ。なのに通夜、葬儀、中陰、四十九日とほぼ全員出席してくださっている。律儀な一族なのだ。
通夜、葬儀でわたしはたくさん失敗しているので親戚の集まりにはかなりナーバスになっている。
すごいストレスである。
一体、法要ってなんなんだろう。



 
Posted by roku
家族のこと / 06:39 / comments(2) /
それぞれの春
母の誕生日に続き姪っ子ちゃん2号のお誕生日(2/22)もすっかり忘れてしまっていた・・・。
20日にネコが亡くなったのだから仕方ないと言えば仕方ないが。ゴメンね。

ダブル受験だった姪っ子ちゃん姉妹。
両方とも第一志望は不合格・・・。
お姉ちゃんの方は大学受験だし、いくつかの学校を受験していたので不合格もそれほどダメージがないのかなと思えるが次女ちゃんの公立高校不合格は・・・。
本人がお友だちと合格発表を見に行き、泣いて帰って来たとか。
切ない。

わたしはネコのことがあったし、妹は娘たちの受験のことでお互い遠慮し連絡をとりあっていなかったが、数日前に母から妹が「お姉ちゃんから全然連絡ないけどどうしているだろう」と言っているよーときいたのでやっと電話してみた次第。
なんか親とも友人とも違う妹の存在ってありがたかったな。
お互いの性格わかってるし、二人とも落ち込んでるしで妙に共感しあってしまった。

そんなこんなでいつもとは違う辛い春の到来となった。
昨日は亡くなった祖母の誕生日。ちらし寿司で祝うひな祭り。

ネコがいなくなって思ったこと。
両親は相方が亡くなってしまったらどうなってしまうのだろう・・・。
この淋しさをひとりで抱えることについて考えるととてもじゃないが耐えられない気がする。
Posted by roku
家族のこと / 07:17 / comments(0) / 昨年の記事
父と話す
一昨日、昼前くらいに母のケータイに電話した。
ちょうど父の病室にいたが、あいにく父はリハビリにいっていて不在。もうじき戻ってくるという。それまでつなぎのように母と会話する。
母の認知症について父に探りを入れるための電話であるが、母が警戒するといけないのであくまで何気ない感じを装う。話しているうちに「あ、おとうさん、帰ってきたわ」というので電話を変わってもらう。
父には、骨折の件を話した。
若干の心配は父もしていたが、その日ちょうどCTスキャンを撮ったそうで、検査結果が良ければ今週末にも退院できるのではないだろうかと言う。
自分が退院すれば大丈夫だと言い切る父。
入院中は午前、午後とも毎日リハビリに励み、だいぶん力がついてきたぞと胸を張る。
それが本当ならばいいのだが・・・。
父が退院すればヘルパーさんの出入りもあるからその点は安心かな。

老ネコの調子はよくなったり悪くなったり。
振り子のように揺れている。
そしてわたしは間に合わない、辿り着けない系の夢ばかりみている。
Posted by roku
家族のこと / 07:28 / comments(2) /
父発熱、母転倒
先週、金曜には病室の父と電話で話し、案外元気だったことに安堵していたのも束の間、日曜には再び発熱。
おまけに父の病院に向かう途中のバスの中で母が転倒。
急発進された瞬間に後ろ向きに転んだらしい。ちょうど段差のところに腰を打ち付けた。
病院についてからバス会社に電話したらしい。運転手さんの名前もメモしていたとのこと。
昨日、病院で診察を受けたら仙骨の骨折が判明。
歩けるが座ると立ち上がりが大変な状態。夕方バス会社の担当者が謝罪に訪れたそう。
医師からは入院しますか?と言われたらしいが入院はせず、帰宅。
しかし、リビングで横になっていたらその後、立ち上がれなくなってしまい、やっとのことで起きたらしく、現在ひとり暮らしなので不安だということで入院しようと思うと昨晩電話がかかってきた。父は二人部屋に入院しているが、その相部屋の方が退院したとのことで隣りのベッドが空いているため、そこに入院できれば、と考えているらしい。
母がひとりで実家にいて、毎日父の病院へ通うよりは二人揃って病院にいてくれた方が安心なので入院すること自体は歓迎であるが、付き添い、洗濯物やその他の世話はなくて大丈夫だろうか?

この場合はすぐに帰省しなくてはいけないパターンだけど、ちょっとはずせない仕事でパンパンの状態のわたし。妹に行ってくれないだろうかと昨夜、打診してみたがうーーーーーーん・・・としか応えてくれなかった。
やっぱりわたしが日帰りで行くしかないかな。

母の骨折以上に重大な問題も持ち上がっており、なんでこのタイミングなのかなぁ・・と思う。
うちの老猫の具合も芳しくない。
はー。
Posted by roku
家族のこと / 06:53 / comments(0) / 昨年の記事
別れの日
一年前の昨日、11月23日は祖母にバイバイした日。
明け方に祖母がわたしの夢枕に立った。

今でもはっきりと覚えている。
これまでに見た夢のどれとも違っていて、それは現実のできごとだった。
この日はまだ祖母は意識があって、その後、薬によって眠らされる日々となった。
人口呼吸器をつけて検査をして気管支にガンがあることがわかり(わかったからどうだというのだ?結局打つ手がないということがわかっただけ。死亡診断書に書く死因がわかっただけ)薬を一旦切って意識を戻すので親族で会いたい人はその日に来てくれと言われていたその朝に祖母は逝ってしまった。家族の誰とも会わずに祖母は逝った。
だからわたしにとっては23日が祖母との別れの日。
入院してからちょうど1ヶ月。
長患いではなかったけれど、後悔の多い1ヶ月。

11月中旬にお見舞いに行ったときに「一緒に帰ろう」と言う祖母を連れて帰ればよかった。
例え死期が早まったとしても。
最後まで点滴じゃなくてごはんを食べさせてあげたかった。

先日、映画『天のしずく』を見た。
何も食べられなくなった人でもスープなら食べることができる。滋味で素材の生きたおいしいスープ・・・。
病院でスープを広める運動をしている人たちがいる。
ミキサー食ではなくてスープ。
上映中、涙が止まらなかった。
医療関係者の方々にぜひとも観ていただきたい映画だと思った。
食はいのちにつながるたいせつなもの。
食べることをやめるということは死に直結する。
点滴で栄養を与えればいい、という問題では決してない。

生きる、生きていていいんだ、生きている・・・

そう感じること。
そして誰にでも平等に終わりは自然とやってくるのだから。

いのちを助けるスープ→
Posted by roku
家族のこと / 07:36 / comments(0) / 昨年の記事
写真を選ぶ
初七日も過ぎ、もうじき祖母の二七日(ふたなのか)。
通夜、葬儀の頃は忙しかった。決めなくてはいけないことがいっぱいあり、悲しみに浸ってばかりもいられなかった。
振り返ってブログに記すのは辛い作業ではあるけれどやっぱり忘れないように記録しておきたいと思います。

祖母が亡くなったと従姉妹からメールが届いた直後に母から電話。
しばらく呆然としていたところに今度は叔母からの電話で「なるべく早く来るように」と言われる。急いで身支度。翌日の重要な仕事の約束もキャンセルのメール&電話。
こういうときはどんな大事な仕事でもキャンセルできるんだなぁと実感。
飛行機で行こうと思ってネットで予約しようとするもパスワードで頓挫。
あきらめてえきねっとで新幹線予約しようとしたがこちらもID、パスワードがわからなくなっている。毎回こうだ。結局、駅の券売機で切符を買う。帰りがどうなるかわからないのでとりあえず片道分。

実家に到着したのが午後5時少し前。
叔母から電話をもらったときは、祖母が自宅に帰ってくるからと仏間の片付けをしている最中でとにかくてんやわんやで人手がいるから一刻も早く来いとのことだったが、わたしの到着したときは部屋はすでに片付いており、祖母は仏壇の前に寝かされていた。叔父、叔母、従姉妹もすでに帰っていた。母はわたしの顔を見るなり「遅かったね。電車遅れたの?」と言う。
めいっぱい大急ぎで来たのにそんな風に言われちょっとムッとする。やっぱりみんな遠方から駆け付ける大変さについて何もわかっちゃいないのだ。飛行機だろうが電車だろうが車だろうが絶対に6時間以上はかかるというのに。

もう何も言ってくれない祖母との対面。
母から「おばあちゃん、そんなに苦しい顔しとらんよ」と言われ、顔にかかっていた白いハンカチをとって祖母の顔を見る。
医師からは最期のときは苦しいときかされていたが穏やかな顔だった。それが唯一の救い。
10月末に入院したときはこんなことになるなんて思ってもみなかった。せいぜい2週間程度の入院だと思っていた。従姉妹や叔母が「年越せないかも」などというのを何をそんな大げさな・・と思ってた。前回の帰省のときに総合病院に転院して、もしかしたら超回復するかもなどと明るい展望を抱いたりもしていたのに。
だけど亡くなる数日前にガンが進行していることがわかり、打つ手なしとなってからはむしろそのまま生き続けることの方が辛いのじゃないかと思うようになった。人工呼吸器は自分の呼吸のペースと違うので苦しいということもきいた。
だから目の前の眠る祖母には「おばあちゃん、つらかったね」と話しかけた。仏壇の祖父には「おじいちゃん、おばあちゃんを迎えに来てくれてありがとう」とお参りした。

その夜は、眠る祖母のかたわらで祖母のアルバムを開いて写真を選んだ。
遺影に使う写真と通夜、葬儀のときに斎場で映すスライドショーのための15枚程の写真。
初めて開く祖母のアルバム。祖父、祖母、母たち三姉妹のかしこまったモノクロの家族写真も初めて目にした。祖母の花嫁写真も。
髪をふたつに分けて結んだ制服の女学校時代の写真から順に、花嫁写真、家族写真、祖母の兄妹との写真、お友だちとの旅行の写真、社交ダンスのドレスを着た写真、孫との写真、ひ孫との写真と時代順に並べながら選んだ写真は一枚のDVDになった。
祖母は写真が苦手だったようでみんなで撮るときはいつも端の方に並び、笑顔の写真が少なかった。そんな中でこれしかない!という一枚を遺影の写真に選んだ。
93年の11月、祖母の部屋で撮った祖母の妹との2ショット。歯を見せてうれしそうに笑っているふくよかな祖母。祖母の年代では遺影の写真はもっとかしこまったものがいいのかもしれないが敢えてこの一枚を選んだ。祖父や曾祖父母の遺影と並ぶとちょっと笑顔が過ぎる気もしたけど。みんなに「いい写真やね」と言われた。お骨になって帰って来たあともこの遺影をみると祖母の笑顔にホッとする。この写真を選んでよかった。
祖母が亡くなってからわたしがしたことはどれも祖母がそうさせたのだ、そうしたかったのだと思うことばかりだった。
祖母はこの写真を選んで欲しかったに違いない。
Posted by roku
家族のこと / 06:56 / comments(0) / 昨年の記事
7時35分
先ほど7時35分に祖母、亡くなりました。

おばあちゃんはもう全ての苦しみから解放されたね。

Posted by roku
家族のこと / 08:07 / comments(0) /
尻餅
少し前の話だが、祖母が庭で草取りをしていたときに、座り込んだまま立てなくなってしまった。祖母の部屋には脇にそのまま外へ出られる窓があり、かなり段差もあるのでそこからは出ないように母も注意していたのだが、祖母が聞き入れるわけがなく、ヒマなときはときどきそこから出て、猫の額の庭の草取りをしていたようだ。
何かの拍子に尻餅をついてそのまま立ち上がれなくなったようで、母の名を呼んでいたそうだが、母は家の一番奥の台所にいてその声に気づかなかった。
で、しばらく放置されていた祖母。かなり近所も密接しているエリアなのであるが、近所の人も気付いてくれなかったようだ。
ようやく母が気付き、祖母を立ち上がらせようとしたが、父のときと同様、母の力では無理だったと言う。そばにあるブルーベリーの木につかまらせてなんとかしようとしたがダメだった。
ちょうど父のリハビリの日で、少ししたら、介護タクシーが迎えに来るから、そしたら運転手さん、ヘルパーさんに手伝ってもらおうと祖母に言い含め、そのまま介護タクシーが来るのを待っていたそうな・・・。
で10分後、無事救助された。祖母は1時間くらい外にいたらしい。

たまたま介護タクシーの来る日で良かったが、これが冬の寒い日だったら祖母、凍死の危険である。夏の炎天下なら熱中症。
これまでは自分で立ち上がれなくなるなどということはなかったので、本人もショックだったろう。自宅に家族がいてもこういうことになるなんて・・・。
これからは首からホイッスルを下げているのがいいのかもしれない。

最近またどんどん心配なことが増えている・・・。


 
Posted by roku
家族のこと / 07:27 / comments(0) / 昨年の記事
力持ち
「おばあちゃん、力持ちやわぁ」と母。
何かと思えば、先日祖母の寝ているベッドのマットレスを支えている板が寝ているうちにずれてきてしまい、それを直してくれと祖母から頼まれたそうな。
どういう構造なのか電話だとよくわからなかったが、母が試みるも、板をほんの少し動かせただけで重過ぎてどうにもならなかったらしい。
仕方がないので今度、叔父に頼んでやってもらおうということで祖母には畳で布団を敷いて寝るように言ったそうな。
祖母は言われた通り、隣りの和室の畳に横になった。

しかし、朝、母が祖母の部屋をのぞいてみると祖母はベッドで寝ていた!!
起きてきた祖母曰く「アタシは昨日、一睡もできんかった。」

なんでも徹夜でベッドを直していたんだそうだ。
母がやってもびくともしないような板を動かし、マットレスもひとりで移動させ・・・。
それで「おばあちゃん、力持ちやわぁ」ということである。

これって、祖母が力持ちなのか、それとも母が力なさ過ぎなのか・・・?
いずれにしても、ばあちゃんの根性はスゴイ!
アッパレ!
Posted by roku
家族のこと / 07:26 / comments(0) /
墓参りに行きたい祖母
母から電話。
祖母が墓参りに行きたがって困るという内容。

今月初めに従姉妹が墓参りに連れて行ってくれた。
先週は母と二人でタクシーを予約して行く予定だったが、父の承諾が得られず中止。代わりに叔母と叔父が連れて行ってくれた。

それなのにまた墓参りに行きたいと母に嘆願。
母は父の世話があるのと、通院があるのでダメだと断った。来月また行くから・・と答えたらしいが、祖母はそれならひとりでタクシーで行くと強情を張った。
起きたらすぐに行くわ。2時か3時頃(午前の)に行くね。というのをなだめすかしたのだそう。翌朝、祖母は「寝過ごしたわ」と起きて来て、これからタクシー呼んで墓へ行くと言う。
それを「台風がきとるから」となんとか引き止めたとのこと。

庭に花が咲くと祖母は「墓に行かんなん」とすぐに言うので、母は花が咲いたらすぐに切って仏壇に供えているのだそう。 

祖母が墓に行きたかったのは19日だったからなのだと思う。祖父の月命日。
祖母は自分では先は長くないと思っている。祖母にとって"来月"は来ないかもしれないのだ。
実家が近くなら、わたしが一緒に行ってあげられるのに。お墓までは車で1時間。タクシー代はきっと祖母が年金から出してくれるのだろう。

母も叔母も従姉妹もみんな忙しい。
次回の帰省のときは祖母と一緒にお墓参りに行こう。
祖母はきっと行けるときに行かないとって思っているのだと思う。そのことをみんな忙しくて誰もわかってあげられない。
なんでみんなそんなに忙しいのか。
きっと祖母もそう思っているに違いない。
Posted by roku
家族のこと / 12:46 / comments(0) / 昨年の記事