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ほくほく線にのって…

離れて暮らす父が2005年9月に事故で脳挫傷、頭蓋骨陥没骨折で入院。
5ヶ月経ってようやく退院しました。
ほくほく線で父の見舞いに行った日々のこと忘れないように書き留めました。(2014年12月父他界)
両親と祖母の老老介護、遠距離介護についての想いを綴ります。(2011年12月祖母他界)
2016年2月、母を呼び寄せ、遠距離介護は近距離介護に。
少しの工夫

クリスマスのときにプレゼントを開封するのがとても嬉しそうだったので、ひらめいた。

これからは母に渡すものにはリボンをかけよう!

 

車椅子になったので丈の長いコートは不便で丈の短い軽くて暖かい上着と言えばダウン。

ユニ○○のウルトラライトダウンを買ってみた。

渡すときに袋にリボンをかけた。「開けてみて」と渡す。

案の定、母はワクワクの表情で震える手でリボンをほどく。

全然たいしたものではないけど、なんだってプレゼントは嬉しいよね。

 

テレビで認知症を取り上げた番組が増えてきた。

そういうのを観るのは苦手だ。テレビはほとんど観ない。

夫がインフルで終日家にいるので普段観ない情報番組が垂れ流しになっていた。

認知症特集。

玄関で靴を脱がない認知症の母親が、靴を脱ぐことをやってみせると真似して脱ぐようになったと。

口で説明しても理解してもらえないが見本をみせれば真似してくれる。

なるほど・・・。

 

母と向かい合わせに座り、足を上げ下げする。

これできる?イッチ二、イッチ二

と足を上げたり下げたりしてみると、母はやってみせてくれた。

すごいね。バッチリ!じゃ、左もできる?

と褥瘡の方の足も促すと少しだけど動き始めた。

これまでいくら口で説明しても動かなかった。

そうか、やり方を変えればできるんだ。

わたしたちが気づかないこと、他にもたくさんある気がしてきた。

 

そして昨日は成人式。

姪っ子ちゃん2号が母に振袖姿を見せにGHへ。

孫二人に囲まれて嬉しそうな写真を妹が送ってくれた。

叔母の欲目であるが可愛らしく、まるでAKBのような姪っ子ちゃん。他の入居者さんたちも喜んでくれたそうだ。

アイドル歌手の慰問のようだったかな?

成人式なんて特に気にしていなかったけれど、それでもこういう節目の儀式は大事なことなんだなぁと改めて思う。

なんでもいい。当たり前のことでもなんでもできることが幸せなのだ。

 

Posted by roku
認知症 / 08:07 / comments(0) /
新年

明けましておめでとうございます。

なかなか更新できていませんが今年も読んでいただければと思います。

というかほとんど自分のために書いています。

書くことで気持ちの整理ができたり、振り返ったりもできるし。

イラッときたことも抑えたり、反省したり、またがんばろって思えたり。

いろいろな出来事があるけれど、すべては気持ちの持ちようで変わるなぁと。

 

太陽のように周りを照らして、いつも明るくて、おおらかで、懐深くて、そういう肝っ玉母さんみたいなのに憧れる。

そういう家庭で育てばそうなるのかどうかはわからないけど。

残念ながらそういう風にはなれなくて、いつもニコニコしていたいのにできなくて。すぐに不機嫌になったり、人を怒らせたりしてしまう。そんなときでも書けば落ち着く。

それがブログかな。

そんな自分勝手ですが今年もよろしくです。

 

さて、新年は元旦に妹が母を訪問するというのでわたしは二日に母のところへ。

箱根駅伝を途中まで観ていたら出かけるのが遅れていつもより1時間半くらい遅くの到着(午後2時半)。

いつもと違う曜日の違う時間。

GHの皆さんはホールのテーブルに集まって談笑中。

お正月で家族のもとに帰っている人もいるようでいつもより少人数。

でもとても和やかなムードだった。スタッフは2名のみ。

普段もあんな風だったらいいな。

 

褥瘡は良くなってきているそうで、やっと回復のきざし。

母も車椅子の上で少し足を踏ん張るような仕草をするので痛みもなくなってきているような気がした。

しかし、車椅子の上で身体が傾いてきていても自分で体勢を直すことができないようで・・・。

「ずっと座っててお尻は痛くならないの?」ときいてみると「なるよ。だけど我慢しとる」と答える。

歩けなくてもせめて体勢を直すくらいのことはできる状態でいてほしい。寝返りとかはどうなんだろう?

右手の震えがあり、コップを持ったりは左手でするようになっている。

おやつとお茶をスタッフの方が出してくれたので母と一緒に居室で食べたが、なるべく自分で食べてもらったけど、あーんと口元にもっていくと条件反射のようにパクッと食べるのでもう食べさせてもらうのが当たり前になっているようだ。

実家でのお雑煮の作り方をきいてみるけど要領を得ない。

石川のおせちに「べろべろ」と呼ばれる寒天料理があるのだがその作り方もいまいち覚えていない。

「お砂糖入れる?」「入れるね」「醤油は?」「入れてるときもあるかな」という調子。

けれどもあやとりは最近の中では一番上手にできた。それほど迷わず手を入れる。

繰り返すと思い出してくるのかな。

そうしているうちにクリアになってきて帰りは「また来週くるね」というと「楽しみにしとるね」と笑ってくれた。

なんとなくだけど、毎週欠かさず通っていれば、わたしのことが誰かわからなくなったとしても見たことある人、警戒する必要のない人がときどき来ている、というくらいの認識は定着しそうだ。

夫は自分が行っても母はわからないだろうからとGHに同行することがなくなってしまったが続ければなにかしらの成果があるとわたしは信じたい。

 

義母が大晦日に入院した。めまいの症状が出て病院に行ったらそのまま入院になったとのことだったが幸い大事には至らなくて退院することができそう。しかし、今後はどうなのか。夫も新年早々、体調不良が続いている。

実は義弟も入院することになった。

今年は穏やかな一年になりますようにと祈願していたはずだが心配はまだ続きそうだ。

わたし自身は健康そのものなんだけど。

Posted by roku
認知症 / 08:40 / comments(2) /
せっせっせ

先週の母はいまいちで、それでも年賀状2枚だけ郵便番号を書いてくれた。

ペンは右手で持った。動かないわけではなさそう。

 

今日の母はショートカットに散髪されてスッキリ。こんなにショートになったのは初めてじゃないだろうか?

眉カットもしてもらったそう。

いいね、似合うね、というと嬉しそう。

今日は少し早めのクリスマスプレゼントを渡す。

足首ウォーマー(レッグウォーマーの短いもの)と米ぬかの保湿クリーム。

どちらもたいしたものではないけれど。

車いすになってしまったので座ったままだとズボンの丈が短くなってしまい足首が寒そうだった。

エアコンの暖房だからかお顔も体も乾燥し、特に顔はこんなになったのは見た事ないというくらい粉ふきになっていた。他の入居者さんもそうだったからお風呂で熱いお湯で洗われすぎなのかもしれないな。

プレゼントを渡すと嬉しそうに中味を取り出していた。でも右手がかなり震えている。どうしてかしら?

クリームをお顔に塗ってあげると冷っとした顔をする。手に塗ってマッサージしてあげるとわたしの手を取り「せっせっせ」と歌い出した。なので二人でせっせっせをやる。

みーかんの花が〜 とか アルプス一万尺♪など歌いながら手と手をあわせたものの、わたしも忘れてしまっていて続かない。

次回までにマスターしておこう。

やはりスキンシップはいいみたい。

かかとの褥瘡は相変わらずよくならず、指先のしもやけのようなものはひどくなっているようだし(本当にしもやけなのか?)、他の人のお習字は壁に貼ってあったけど母のはなかったので、アクティビティにも参加できず、スタッフの方はいつも人手が足りず、誰かのトイレ介助に追われている。いいことはひとつもないのだけど、それでも嘆くほどではない。

ほんの少しでも笑顔の時間が増えればそれでいい。

なにもできていないし、母のことに本気になれてもいないけど、わたしが自分を責めてもどうにもならない。

数年前から決めたこと。真っ先に自分を許そう。

 

 

Posted by roku
認知症 / 17:39 / comments(0) /
左きき?

先週の訪問時の母。いつもよりクリアな感じだった。

買っていったひざ掛けを気に入ってくれた様子。

 

お部屋で年賀状書きの続き。

この前、郵便番号すらもやっとだったので、消しゴムで母の名の一文字のハンコを作って持って行ってあげた。

ハンコを押すだけならできるだろうと。宛名はわたしが書くので判だけ押してもらおうと思ったのだ。

簡単な作業だけど押す場所に悩んだり、手の力が弱かったりで、思ったより大変。

手に赤いインクがつきまくり・・・。

それでもハンコが自分の名前であることは理解していた様子。

実際、落款を入れたようになり見栄えも増した。つくって良かった。

しかし、あとになって気がついたのだが母は右手はひざ掛けの中にしまいこみ、左手でハンコを押していた。

それで動きもぎこちなかったのだ。

なぜなんだろう?

ごはんを自分で食べなくなったのも箸がもてなくなったからではないのか?

箸を左で持つときがあったから。

例えば気がつかないうちに軽い脳梗塞などがあり、右側が麻痺しているのではないか?

言葉が出なくなったのもそのせい?

いや、昨日たまたま目にした水頭症の症状も母に当てはまる気もした。

一歩がでないとか小声になるとか。

最近、認知症をテーマにした映画やドラマ、小説などを目にする機会が増えた。でも出てくる認知症の方は普通に動いていて物忘れがひどいとか言動がおかしいとかいう人がほとんどで母のようなタイプはみかけない。

認知症は千差万別とはいうけれど。

気になるのなら専門医に診てもらうべきなのかもしれないけれど、どこか本気になれない。

手術や入院したくない。

何かを改善したいというよりはできるだけ穏やかに過ごせればとそれしかない。

それではダメなのだろうか。

 

おむつの助成についてはまたの機会に。

 

Posted by roku
認知症 / 07:47 / comments(0) /
郵便番号だけ

母の来年の年賀状を用意した。

去年の今頃は毎週少しずつ書いた。前年の年賀状を見ながら宛名を書き、お友達には一文も添えた。

今年は・・・?

 

宛名を書いてと促したら自分の名前を書き始めた。いや、苗字の最初の一文字だけ書いてあとはピタッと手が止まる。

ちょっと大変そうだったので郵便番号だけ書いてもらうことにする。

数字は書けた。

筆圧弱くミミズののたくったような字だけど^^;

上3桁くらいの数字なら記憶できるみたい。というか母は案外数字に強い。

それでも間違えるので本人も苦笑い。

最初は左手はお腹のあたりに置いて片手だけで書いていたが途中からはちゃんと左手でハガキを押さえて書き始めた。

使わなければ頭はどんどん錆びる。

でも使えばいくらかは錆は落ちる。

 

先週のお散歩のとき、上着を着せてボタンは「自分で留めて」と母に言うとスタッフの方に「できないですよ」と言われてしまった。

でもそんなはずはなく時間がかかるだけ。なかなかやらないだけ。

だって手に障害はないから。

でもそんな母のスピードに合わせることはできないからスタッフの方が全部やってくれるのだ。

そして母はなしくずしのようにお任せになり何もしなくなった。

だからと言って「自分でやらせてください」とはリクエストできないだろう。

GHのパンフレットなどにはお茶を入れたり簡単な家事をしたりもするようなことが書いてあったがそれは絵に描いた餅。

実際にはおむつ替えや入浴や食事の支度、片付けなどスタッフの方の仕事は山ほどあり悠長に自分でやるのを待っている時間はない。

もし自宅で介護していてもそうなるのだろうな。

にしても、母より高齢の他の入居者の方々がそれなりに自分で動いているのをみるとなぜ母だけが・・・という風に思ってしまう。

こんなことを比べても仕方ないのに。

 

頭の湿疹がひどくなっていた母。使っていた薬があまり効かないから他の薬を処方してもらったのにひどくなっていた。

いろんなことを忘れてしまったのに鼻をほじるという癖だけは覚えていてほじりすぎて鼻に傷がついてしまった。

乾燥からなのか顔がカサカサしていた。

会うたびに心配事が増える。

ネガティブに考えてしまう自分も嫌。

昨日もお散歩に途中まで同行し、帰る際に年賀状書き効果からか少しクリアになっていた母から「気ぃつけて〜」と手を振ってもらったことを明るい材料にして一週間乗り切ろう。

 

Posted by roku
認知症 / 07:44 / comments(0) / 昨年の記事
要介護5

介護保険証の有効期限が10/31までなので新しい介護保険証が届いた。

要介護2だった母だが介護度が上がるということはケアマネさんからきいていた。

 

いきなりの『要介護5』だった。

要介護3でも要介護4でもなく要介護5。これより上はないという要介護5。

歩行ができないのでそうなるのもわかるのであるが・・・

これで両親ともに要介護5の認定をいただいたことになる。

わたしの年齢で両親共にというのは少数派だろう。(父はすでに他界してますが)

要介護5になることによって何が変わるのか?

ちょっと調べてみます。

Posted by roku
認知症 / 07:10 / comments(0) /
今日はクリア

先週は母を訪問するも口数は少なく、何をきいても「そうだねぇ〜」しか言わずわたしもしょんぼりして帰ってきた。

みんなと一緒にわたしも母の車椅子を押してお散歩にも行ったが母の反応はほとんどなく・・・。

 

ところが今日は違っていた。

最初から表情が違う。会話も成立。

テレビのリモコンも説明すればちゃんと押す。

褥瘡の足の具合をきくと「痛くない」と足を上下に動かしてみせる。

年賀状を見ながらお友達の名前もわかっている様子。何よりそういえば小声にもなっていない。

母が少しだけ戻ってきた!

そう思うだけで帰り道の足取りも軽くなるわたしでした。

Posted by roku
認知症 / 18:26 / comments(2) /
反応薄い

昨日は母に3Lの冬のズボンを買って行く。スタッフの方にMサイズのものは全て持って帰るように言われる。

タンスの引き出しはガラガラに。

もっとたくさん買い直さなきゃだ。

肌着はわざわざ前開きのマジックテープのものを購入していたけど、着替えの介助の際には"かぶり"の方がいいので用意するよう言われる。

サ高住のときは自分で着替えをしていたから手を通しやすいように前開きだったけど今は全てやっていただいているので本人ではなく介助する人がやりやすいものに変えないといけない。

もうずっと車椅子なので洋服も基本座っている状態が楽なものを考えた方がいいようだ。

あとサ高住のときは部屋の暖房を入れられなくても大丈夫なように厚着だったが今は寒さを感じることはないからセーターなど分厚い冬物は不要。肌着も厚手は必要ないとのこと。

本当に自分の服は全く買っていないけど母の服はよく買いに行ってるな。

 

昨日は下のフロアーでイベントでコンサートがあった。スタッフの手が足りないとのことでわたしも母の車椅子を押して参加。

また1時間ほどの歌。やはり長く感じる。途中から居眠りしている人たちも。せめて50分だな。

母を含め、車椅子の人が4人になってしまったのでこの日のスタッフ2名では何度も往復して車椅子の人を移動させなくてはいけなくなる。なのでわたしが母と先に運ばれた人を他の人たちの移動が終わるまで見守り役をすることに。

車椅子3名とわたしで10分ほど過ごした。

母以外の方は車椅子なれどしっかりしているなーと思っていたがお話ししてみるとみんなトンチンカンで大差なかった。

エンドレスの昔話と「帰らなきゃ」という話と「ここはどこだろうね」という言葉。

それでも何をきいても反応の薄い母よりはいいのかなぁと思う。

そしてその反応の薄い母であるが若めの男性スタッフさんが声をかけてくれたときはニッコリ。手まで振る。

年配の男性スタッフのときは反応なしなのに。

あとは小さな子供が好きなようだ。窓の外を通る子供には反応する。

イベントは年配の方のバンドだったけど、若いお兄さんバンドを連れてきてもらうといいかも。

Posted by roku
認知症 / 08:56 / comments(0) /
指相撲とあやとり

先週の母。

またお風呂で大をしたそう。

褥瘡は両かかとになってしまったので皮膚科の受診を1週間早めにすることにする。(今週木曜に)

反応はいまいち。声も小さい。

 

お部屋で喋っていてもいまひとつ話題に乗ってこない。

手が冷たいねーと手を触っていたときに思いついて母と指相撲をしてみる。

少しだけ手加減すると強い力でわたしの親指を押してきた。母は握力がとても弱いのでこれには驚いた。かなり指のちからは強い。

次は手加減なし。

白熱してくるとなんと母は人差し指を使ってわたしの親指を倒してから親指で押すという反則まで使う。

勝つと嬉しそう。

何度か勝負する。反則も何度か使う。

いたずらぽく笑う母。こういう表情は久しぶりに見た。

 

次も思いつきで部屋にあった毛糸であやとり。

やはりこういうのは覚えているのだ。途中で少しぐちゃぐちゃにもなったが、ちゃんと遊べる。

指相撲とあやとりで覚醒したのか帰り際に「帰り道でひっくり返らんようにね」と親ぽい言葉を発した。

スタッフの方にあやとりの話をしたら「刺激を与えてください」と言われた。
やはり話しかけても反応がなくなっているのだろう。
なぜこんなにも急激に変わってしまったのだろう。他の入居者さんたちの認知症の進行はゆっくりに見えるのに。母だけ。
Posted by roku
認知症 / 19:33 / comments(0) /
母の食事風景

先週病院から戻ってきたらちょうどお昼ごはんだったので母の食べる様子を知ることができた。

4月の家族会のときはゆっくりながらもちゃんと完食していた母。

それが今はどうだ?

話にはきいていたのだけど・・・

自分からは食べない。あーんと食べさせてもらうと食べる。

スタッフの方に食べさせてもらう姿を見かねて母の隣に座って声をかけることにした。

これおいしそうだよ〜と勧めると箸でつまんで食べるのだがすぐにその手は止まってしまう。

せめてご飯は食べてと茶碗を持たせると一口食べる。でも途中で目を閉じてしまったり。

仕方がないのであーんと口に持っていくと素直に食べる。

甘えてんじゃねーよ!と言いたくなるのをグッと我慢して8割がた食べさせた。

しかしとても時間がかかるし、つきあっていられないって気分になる。

午前中は病院に詰めていて、いつもよりかはお腹が空いていると思ったのに。

入院してからは母は痩せたと思う。(デイサービスに通っていたときは体重測定があったのにグループホームでは測定がなく体重は不明)

 

1日三食こんな具合でスタッフの手をわずらわせて退去を言い渡されたりしないんだろうか?母ひとりにこんなに手がかかって大丈夫なのか?

9名の入居者のうちこんなに手がかかるのは母だけ。みなさん、自分で食べて、足腰のしっかりした数人の方は他の方の食器の片付けまでしている。母が一番若いのに。

「認知症で亡くなった」という報道に以前、違和感を覚えたが母をみていると自発的に食べることをしないということは死に直結するわけだから死因が認知症と言われてることもあるのかもしれない。

食べてくれないことも悩みの種だがすぐに目をつぶってしまうことも入院以来続いていること。

『傾眠』と呼ぶと最近知った。

これはメマリーのせいなのかどうか。

このままでは坂道を転がるように母の状態は悪化する。

尿意、便意ない、歩かない、立たない、褥瘡できる、食事をしない・・・

もの忘れなんて問題のうちに入らなかった。

母自身はどう思っているのか。本当にこれでいいのか?

わからないから認知症なのか?

認知症じゃなくて他の病気なのか?

Posted by roku
認知症 / 12:53 / comments(0) /