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ほくほく線にのって…

離れて暮らす父が2005年9月に事故で脳挫傷、頭蓋骨陥没骨折で入院。
5ヶ月経ってようやく退院しました。
ほくほく線で父の見舞いに行った日々のこと忘れないように書き留めました。(2014年12月父他界)
両親と祖母の老老介護、遠距離介護についての想いを綴ります。(2011年12月祖母他界)
2016年2月、母を呼び寄せ、遠距離介護は近距離介護に。
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デイサービス
通夜、葬儀が終わるといろいろな手続きが待っていた。
銀行や役所の手続きはまた改めて書くとして、まずはじめに母に起こった変化について書こうと思う。

お正月明けすぐにケアマネージャーさんとの面談。
これまでは母は週3回のヘルパーさんと同じく週3回の配食サービスのみ利用していたが週2でデイサービスに行くことになった。
これはわたしも希望していたことでケアマネさんと意見が一致。
母も承諾。
わたしの希望は配食、ヘルパー、デイの3つのローテーションでとにかく毎日誰かが訪問してくれること。(安否確認になる)
火土がデイ、月水金がヘルパー、木土日が配食と決まった。
あと父が亡くなって介護用品のレンタル品を返却することになったが介護用ベッドは母がそのまま使いたいということでそのまま残してもらうことにした。マットレスは床ずれ防止のものだったがこれもそのままレンタルすることに。
新しく契約を結ぶ。
今度の契約はわたしがサインし、わたしのハンコを押す。
父の入院中の同意書などもそうだったが、今後は帰省の際にハンコは必需品になる。これまでハンコ持って帰省したことはなかったが年末の帰省で念のためとカバンに忍ばせていたハンコが今回役に立った。

デイサービスを利用することに決まって早速母は準備を始めた。
「お父さんが使っていたオレンジ色のバッグはどこいったっけ?」と母。父が毎回着替えやバスタオルを入れて持って行っていたナイロンのバッグのことである。
実は葬儀のあと、妹たちとリビングの片付けをしていたときに捨ててしまっていた。
「あー、捨てたかも」とわたしが言うと「えーーー」と母。
「ちょっと待って、まだゴミ袋の中にあるかも」とわたしが探しに行こうとすると母は「ありますように・・・」とつぶやいている。
これはなんとしてもみつけなければ!
二階に駆け上がりゴミ袋を捜索。ゴミ袋は5つほどあり、すでに捨ててしまったのは確か2袋ほど。
どうかみつかってくれーと祈る気持ちで探していたら無事みつかった。
すぐに母に「あったよー」と知らせると「よかったぁ〜」とほっとした様子の母。
念のため言っておきますが、そんな立派なバッグではないですよ。ナイロン製のペラペラのエコバッグ。しかも持ち手がほつれているのを母が手縫いで補修しているような。
父の名札もついたままである。
そのバッグにバスタオル、フェイスタオル、替えの下着をセットする母。ちゃんとマジックで下着に名前も書き始めた。
そうなのだ。母はこれまで父の準備をしていたからデイサービスのときに持って行くものは完璧なのである。まだ二日前だというのにすっかり準備は整った。
そしてデイ初日の朝。お迎えの車が来る。スタッフさんも顔なじみのひと。
わたしはお見送り。
母が出かけてしまったあとは子供を初めて幼稚園へ出した母親の気分。
今頃、帰りたいと言ってないだろうか?友達はできただろうか?
もしかしたらスタッフさんを困らせて電話がかかってくるのではないだろうか?などなど。
そして午後4時過ぎに母の帰還。
その夜はデイサービスでの話題に花が咲いたのは言うまでもない。
お風呂に入ったこと。お昼ごはんのこと。おやつが出たこと(コーヒーも)。
中でもスタッフの似顔絵がついたトイレットペーパーの芯にお手玉をぶつけて得点するゲームの話では母は笑いながら報告するのだった。「お母さん、2位だったんやよ」と。
まわりはもっとお歳を召した方ばかりなので上位入賞の常連になれるようだ。それが嬉しいらしい。
妹からの電話にも同じ話をしていたその夜の母。
そしてスタッフの方が毎回、ひとこと書いてくださる連絡帳の返信欄にみずから何やらかき込みをしていた。
連絡帳とは父が亡くなったあと片付けをしていたときに同じものをみつけたのだが、デイサービスでの様子の報告書をつづったファイルで父のときは母が毎回、返信欄にコメントをかき込んでいた。
母のファイルにはわたしがいるときはわたしがコメント書こうと思っていたのに先を越されてしまった。
こっそりあとで母がなんと書いたのか見てみたら『お昼ご飯もおいしくて幸せでした』と書いてあった。
母から幸せという言葉をきいて涙。(父が亡くなったばかりで不謹慎かもしれないけど)

母は以前、民生委員をしていたのでスタッフさんとも顔見知りだし、現在の民生委員さんとも周知の中。(現在の方は母から引き継いだ方)そんなこともあって抵抗なくデイサービスに行くことができたようだった。(民生委員時代はボランティアでここのデイのお手伝いをしていたのだ)
そんなわけでわたしが神奈川に帰ってきてからも母がデイサービスに行っている火土は安心していられ、わたしの外出予定もなるべく火土にするようになった今日この頃。
そして今日の母からの電話で知ったのだが今週からデイを週3に増やすことになりこれからは火木土になるとのこと。
今日もいろいろデイサービスでの出来事を電話で話してくれた母。ゲームではだいたい1位か2位だそうだ。
「まわりはおばあちゃんばっかりやからねぇ」とのこと。
母が楽しいならそれにこしたことはなく、週3日は安心していられるなら万々歳なのであるが、少しだけ懸念のこともある。
わたしの思い過ごしならいいのですが。
つづく。
 
Posted by roku
介護サービス / 21:48 / comments(0) / 昨年の記事
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- / 21:48 / - / 昨年の記事
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