Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728    
<< February 2017 >>
1日ワンクリック応援してね
にほんブログ村 介護ブログへ にほんブログ村 介護ブログ 遠距離介護へ
にほんブログ村 家族ブログ 実家・親へにほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
はじめまして
実家の今の気温
最近の記事
コメント
カテゴリ別
月ごと
アマゾンで検索
このサイト内を検索

ほくほく線にのって…

離れて暮らす父が2005年9月に事故で脳挫傷、頭蓋骨陥没骨折で入院。
5ヶ月経ってようやく退院しました。
ほくほく線で父の見舞いに行った日々のこと忘れないように書き留めました。(2014年12月父他界)
両親と祖母の老老介護、遠距離介護についての想いを綴ります。(2011年12月祖母他界)
2016年2月、母を呼び寄せ、遠距離介護は近距離介護に。
幻聴

母を訪問してお部屋で入浴。

最初は渋ったがすんなり入浴してくれた。

風呂場の外から様子を伺うとシャワーは使わず、湯船のお湯を威勢良く身体にかけている。

静かになったので「どう?」とドアを開けてのぞくと首まで浸かってた。

安心してわたしは居室の方へ。

時々、音で無事を確認。

案外長風呂の母。

暖房を入れたので脱衣所も風呂場も暖かい。

あがってからは下着の着替えだけを手伝ってあとはひとりで服を着てもらう。

その後わたしも入るねーと靴下を脱ぎ風呂掃除。

母が入浴を拒否るといけないので最初にすでにに湯を張ってしまい、準備したから、わたしもあとで入るから、もったいないからという作戦成功!

 

今日は妄想気味で1週間ほど前に鍵をかけないで出かけてたらいない間に誰かが部屋に入り何かなくなったと言う母。

「何がなくなったの?」ときいても「別に」という。

大事なものじゃなければあんまり目くじら立てなくてもとなだめる。

しばらくすると「あ、また上でドンドンといった」と言う。

以前から何度か訴えている上階で誰かが家具を動かしているという物音が今したのだと。

多分、上に学生さんがおるんだと言うのである。

わたしは聞こえなかったなぁ、また聞こえたら教えて、と答える。

しばらくすると「あ、また!」と母の耳には何かしっかり聞こえているようだった。

「お母さん、耳が遠い割によく聞こえるね。わたしは聞こえなかったよ」と答え、「そんなに迷惑じゃなければ目くじらたてない方がいいよ」となだめる。「いつもじゃないでしょ?」と。

目くじら立てないで。今日は何度も使った言葉。

わたしこそ目くじら立てないでだけどね。

認知症の人の幻聴や妄想。母のこれもそれなんだろうか。

 

Posted by roku
認知症 / 19:18 / comments(0) /
年賀状は完璧

12月の母訪問日は3回分くらいは年賀状書きに専念した。おかげで12/25日前に投函完了。

親戚、母の友人合わせて25枚に満たないくらい。

今年の年賀状を一枚ずつ渡し、それを見ながら宛名を書いてもらったのだがついついその年賀状を読みふけることになりなかなか先に進まなかった。特に父方の親戚。何度説明しても父の兄弟は全員すでに亡くなっていることを忘れてしまう。

祖母の姉妹も全員亡くなっているのだがそれもよくわかっていないようだし。

でも名前と顔はちゃんと覚えている様子。

親戚には一筆添えず印刷の挨拶文だけで済ませたが母の友人に宛てたものは「何かひとこと書いたら?」と勧めてみた。

しかし、一向に筆が進まず。「お元気ですか?こちらは元気です。でいいじゃない?」と提案するとようやく書き始める。

宛名のようにお手本を見ながら書くことは無理なくできるが自分で考えて書くということはかなり難しい様子。

母に簡単な日記(というかメモ)を書くように勧めているのだけどそれもこちらからこう書けば?と案を出してあげないと書けないみたい。

認知症って短期記憶のことばかりクローズアップされるけど記憶意外にもできなくなることが多いな。

母の記憶は今から20年分くらいがごっそり抜けていると以前書いたが、わたしの仕事のことは覚えているようで「あんたは今でも〇〇しとるん?」と突然きいてきたりする。わたしが今の仕事を始めたのは20数年前。どこか他の記憶とは違う場所にしまってあったのかな。

 

昨年末は夫と帰省しお正月は一泊二日で母と旅行した。

あのときも危うい母だったけれど比べてみるとやっぱり今は一歩も二歩も進んだなぁという感じ。

あのときは一緒に温泉に入ったけど、今日はわたしがお部屋で母をお風呂に入れることになっている。

年末年始休業のデイサービスの代わりに。

どうなんだろう?

わたしも入るから一緒に入ろーと誘うのがいいのか。

おかあさん、入って!とひとりで入ってもらうのか。(きっと渋ると思う)

それともヘルパーさんのようにわたしは服を着たまま母を洗ってやるのだろうか?

デイではひとりで入っているというから(本当なのか?)とりあえずひとりでやってもらい時々のぞいたり声をかけたりするかなとは思っているけれど。

娘でよかったね。この場合、嫁や息子だともっと悩むんだろうなぁ。

Posted by roku
認知症 / 08:27 / comments(0) /
年末

気がつけばもう年の瀬。

昨日ケアマネさんから年末年始のデイのお休み期間のヘルパー対応についての電話をもらう。

デイがお休みなのでヘルパーさんを手配しましょうかとのことだったが本日28日までデイがあるので、30日にわたしが訪問して入浴、元旦に妹が訪問して入浴、とすれば4日からまた通常通りデイサービスの利用ができるため、ヘルパーさんの手配はなしにした。

 

前回のブログ更新から間があいてしまった。

なんとなく書くことをまとめてから書こうなんて思っているとあっという間に日が過ぎてしまうのでこれからはまとまらなくてもつぶやき程度でもメモ代わりに書いていくことにします。

 

母はしっかりしている日とぼんやりしている日の両方あって、電話をかけても出ないし、でも夜中の3時にかかってきたり。

このままサ高住で暮らせるのかなというのがわたしの今の一番の心配なのだけどまあなるようにしかならない。

今日のところはこのへんで。

Posted by roku
認知症 / 13:02 / comments(2) /
図書館にて

サ高住のそば(600mくらい)に図書館があるので母と散歩がてら行ってみたのであるが案外混んでいてびっくり。

ところどころに置いてある椅子はほとんど先客がいる。もともと椅子の数も少ない。

本当は母の好きそうな小説でもと思っていたけど探せそうにないので手芸本のコーナーへ。

また一緒にできる簡単な編み物の本はないだろうかと物色。

母に「これどう?」と一冊渡してみると興味深げにページをめくりだす。

おっ!

ただ立ったままでみないといけないので少しよろけそうになり本棚に寄りかかる母。

「また毛糸買って一緒につくってみようよ」と誘うと「そうやね」とやや乗り気になってくれた。

借りてみる?ときくと返しにこんなんからいい、と消極的。

とりあえず今日のところはカードだけつくろうかということでカウンターへ。

申請用紙に記入してその場でカードを作ってもらった。

しかし、そのカウンターにも椅子はあるのだが高さが低すぎて座りにくく、この間も母は立ったまま。

なんであんな椅子つかってんだろ?わたしでさえも座る気にならなかった。

図書館までの往復とこの立ちんぼうで母を疲れさせてしまったようで帰り道で突進歩行が発生した次第。

母と一緒にでかけると思うのだが、街なかにちょっと座れるスペースがあるとどんなに助かるかと。

高齢化社会なのに高齢者向きのデザインになっていないと感じます。

図書館は65歳以上と思われる方々でいっぱいだった。

平日の映画館なんかもそう。平日のデパートも。

こんなで日本大丈夫か?と思う。

 

ともかく、また散歩で図書館行けるといいな。

 

 

Posted by roku
認知症 / 08:44 / comments(0) /
突進歩行

昨日、お天気のことで愚痴ったけど朝の雨はやみ、午後から晴れた。しかも暖かい!

母を訪問してみるとお部屋のドアが開いていて上着を着てカバンを斜めがけにしてこれから出かけるという風情だった。

うーん、デイの日の朝と勘違いしているのか?

ちょうど出かける格好をしているのだからとそのまま散歩に連れ出す。

行き先は図書館。往復1.2キロ。これまでの最長距離だけど。

図書館での様子は次回に書くとして帰り道に起こったことを書きます。

往きは登り坂だけど帰りは下り坂になる。そこで急に早足になる母。

以前にももっとゆっくり歩いてーといっても早足のことはあった。けれどもこのときのはそれを超えていた。

妹が病院に連れて行ったときも同じように早足になって怖かったときいていた。それと同じことを初めて体験した。

本当に止まらないみたいなのだ。

止まって!!というとなんとか止まる。だけどまた歩き出すとスピードが加速する。

もともとひどい猫背なのだがさらに前のめりになって加速しながら進むのだ。

腕をつかみ、待って、深呼吸!

イチ、ニ、イチ、ニ、と声をかけるも全然リズムが合わない。本人も「止まらない〜」と言いながら進む。

下り坂が終わって平坦になっているのに進み続ける。

ようやくサ高住の入り口に着いて自動ドアがあき、そこに置いてある椅子にどかっと座って一息。転ばなくて良かった。

これまでも止まらなくなることがときどきあったようで「ひとりで出歩けれんね」と本人も自覚している様子。

建物内に入れば歩行は正常に戻る。その後も異常はみられず。

あまりに異常事態だったので検索してみると「突進歩行」という言葉がみつかった。

まさしくその言葉通りの行動。

パーキンソン症状のひとつのようだ。

そういえば父のすくみ足は「パーキンソン症候群」だと言われて調べたことがあった。坂道で止まらなくなるという記述を読んだことがあったことをぼんやり思い出す。足が出ないのも足が止まらないのも同じ部類ということか。

認知症とも関連していると思われる。

みんな脳の障害なんだろうな。もうちょっと詳しく調べてみたいと思います。

ただあそこまで足が止まらなくなったのはいつもよりたくさん歩かせて、図書館では立ったまま本をみていたりして母を疲れさせたせいだと思う。

ついついこのくらい歩けるでしょうと思ってしまうのだけど母は神奈川に来てからほとんど歩かない生活。

わたしとの散歩も600mくらいを30分〜40分かけているくらいだったのに図書館行って帰ってきてちょうど1時間。ちょっとスパルタすぎたと反省。

にしても弱すぎるよなぁ。

 

今日は祖母の命日。母は覚えているはずもなく。

年上の従姉妹からさきほどお墓まいりに行ったとメールをもらったけど叔母も覚えていなかったそうだ。

仕方ないけどね。

わたしもそうやって忘れる日が来るのかな。

 

Posted by roku
認知症 / 19:06 / comments(0) /
木曜は雨

今日も雨。先週は雪。

先週は夫が休みだったので母を紅葉狩りに連れ出そうと思っていた。

車で1時間以内に行けるエリアで紅葉がきれいな公園を探して下見までして準備していたのに。

ピンポイントで雪。悪天候で中止。

母を呼び寄せたらいろんなところに連れて行ってあげられるなーと思っていたけど実際には外出を実行するにはハードルが高くほとんど実現していない。

まず電車での移動が無理そうということで夫のサポートが必要になる。

土日は彼に予定があったり、気兼ねもありたまの平日休みを利用したいのだが。なぜかいつも天気が悪くなる。

日頃の行い?

おまけに母自身がそれほど外出に興味がないのでこちらもテンション下がる。

 

ここのところ何度か母から電話があった。

着信があったからかけてみたとのことだけど。かけていません。

2〜3日前の電話では夜ヒマだったからわたしが書いた電話の掛け方のメモを見てかけてみたと言う。

やっとかかった、初めてかかったわ〜などという。

「だってなんもすることないんやもん」と母。

「テレビは?」

「つけとるけどおもしろないし」

そうだよね。

ご飯の用意もしなくていいし後片付けもしなくていいし、寝る前に着替えもしなければ洗面だってたぶんしていない。

何もすることがないね。

何かひまつぶしできるようなものを用意してあげたいけれど、用意しても結果は同じ気がする。

年賀状を書く。編み物する。脳トレ?パズル?手芸?

一人暮らしのお年寄りのみなさん、どうしてるのかな?

サ高住で映画上映会やカラオケ大会などあるけれど母はそれを楽しんでいる様子はない。

しっかりした人がほとんどなので食事のときの会話にもついていけていない気がする。

晩年の祖母、自宅にうちの両親とともに暮らしていたがやはりヒマそうだった。

家事はやらなくていいし、テレビは音が聞こえないからか観なくなった。自室のベッドでゴロンと横になっていることが多かった。

それでも毎日お仏壇の開け閉めやお花やお供えはしていたなぁ。

母の部屋にお仏壇をおけばその世話をしてくれるだろうか?

認知症ってどこまでわかっていてどこからわかってないのかいまいちつかめません。

もっと話をすればいいのかな。

 

 

Posted by roku
認知症 / 08:53 / comments(2) /
認知症のお薬について

かれこれ1ヶ月になってしまったが先月参加した認知症のお薬についての講演でメモしたことをまとめます。

当たり前のようになっている専門用語、薬の名前もわたしにとっては馴染みのないものだったりもしたのでそこも整理してみます。

 

抗認知症薬とはコリンエスタラーゼ阻害薬のこと。認知症になると減るアセチルコリン(ドーパミン)を増やす作用のある薬。

リバスチグミン、ドネペジル(アリセプト)、ガランタミン(レミニール)、メマンチン(メマリー)などがよく使用される。

問題となるのはこれらの副作用について。

例としてメマリーを服用している人は昼間寝てばかりいるというのは介護職についているひとたちの間では有名。医師だけがそれを把握していなかったりも。ドネペジルは動作歩行力低下、徐脈、失禁(これがうちの母に心配している点)など。

アセチルコリン過剰になると運動が悪くなるそう。

軽度認知症の人の方が副作用が出やすい傾向にあり、よく使用されるドネペジルは強すぎるので弱いガランタミンの方がいいのではないかとのことだった。

イメージしやすい例として認知症が紙だとしたらドネペジルは斧(強すぎ!)、ガランタミンはハサミ、リバスチグミンはナイフ。

なるほど、この例はわかりやすかった。

薬がいけないという話ではなく、適量の処方と副作用の把握が大切だということ。

講演を聞く限りでは興奮系のドネペジルは前頭側頭型認知症では使用しない方が良さそうだった。

 

そういう訳で母のかかりつけ医にドネペジルの減薬について相談してみた。

結論から言うと現在の5mgから減らすことはおすすめしないとのことだった。

5mgは決して多い量ではないし、母の歩行困難は薬の副作用とは認められないからとのこと。

今のところ、興奮したり幻覚を見たり、介護拒否など問題行動はないのでどうしても減薬したいという訳ではないのでとりあえずはかかりつけ医に従った。でも釈然としない思いは抱えている。

ただ、父の死後もうつ状態のようになることもなくおおむね明るく過ごしているのは抗認知症薬と抗うつ薬のおかげかなぁとも思う。

ドネペジルの服用は2年以上が経過し、物忘れ症状がよくなるということは一切ないので薬の効果を感じることがないのであるがところがどっこい、非常に強い作用の薬だということで驚いている次第。

薬ってすごいものですね。

にしてもドネペジルを処方された際、石川の実家の近所のかかりつけ医からは『物忘れのお薬』と説明されたわけで、これを飲めば物忘れがひどくならないという認識で服用してたけど全くの間違いでした。

で、飲んでも状況は全く変わらないから薬は効いていないと思っていたけど何かしら身体には作用しているわけで。

あとは現在の母のかかりつけ医が抗認知症薬の適量処方について積極的ではないと知りガッカリ。

医師から減量処方してもらえなくて、それでも減薬したい場合は隔日で薬を服用すればいいらしい。そうすれば半量になるとのこと。

母が一人暮らしのときのあの飲み忘れるくらいがちょうど良かったのかもな。

とにかく介護家族はしっかり観察して変化に気づくことが大切なのだろう。

これからも気づいたことはメモします。

 

 

Posted by roku
/ 07:33 / comments(0) /
また家の話

一気に寒くなってしまい寒暖に鈍感な母も寒いとみえて、昨日訪問したときはたくさん重ね着をしていた。

エアコンの暖房はスイッチが入っていた。

散歩をしたかったけど寒さにめげてお部屋で過ごす。

先日よりとにかく実家が気になっている母。

「ここにいつまでもおられんからあっちにゆくゆくは住もうかなぁと思って」と話す。

本気か!!

ここはいつまでもおられるよーと返すと「目つぶるまでか?」ときいてくる。

仮設住宅のようなものと捉えているのだろうか。

とにかく一人暮らしは無理だという話をし、あちらは時々様子を見に行くからとりあえずしばらくは空き家にしておくより他ないと諭す。

「お母さんはここが嫌?」ときけば首を振るのだが本心はどうなのか。

あっちならすることあるし、とも言う。確かにそうだけど。

じゃあ一人暮らしすれば、と実家に母を戻し知らんぷりできればどんなに楽か・・・。

できるものならやってみればと突き放すことができればね。はー。

 

妹と二人で週のうち4日(わたしが1、妹3)も訪問していてこんなにあれこれ気を配っているのに何ひとつ報われていないことに虚しさすら感じる。子育てと違いなんと張り合いのないことか。

祖母との大きな違いは「感謝」の心。祖母は何にでも感謝してたけど。母は・・・。

別にわたしたち娘には感謝などしなくてもいいけれどお世話してくれるヘルパーさんやサ高住のスタッフさんなどに対してありがたいと思うことはないのだろうか。

それがないのが前頭側頭型認知症ということなのかなぁ。つまり自分中心。

 

ところで以前からもときどき母が訴えていたのであるが上の階から物音がするという話。

家具を動かすような大きな音がするという。「上に学生さんでもおるのかねぇ」と母。

そんなはずはなく「全部ご年配の一人暮らしだよ」と答える。

音は夜中にするというわけではないらしい。なんだろう?母の幻聴なのだろうか?

認知症の人がよく訴える、窓の外から子供がのぞいていたとか猫がいたとかいう幻覚の話。そういう類のものなのか、それともほんとに上階の住人が体操でもしているのか?

ちょっとした話でも聞き流さず耳を傾けるように心がけたい。それにはかなり心の余裕が必要だけど。

 

Posted by roku
認知症 / 10:43 / comments(0) / 昨年の記事
忘れない話もある

明日は全国的に気温が下がる予報。

でももう北陸が大荒れとかいう予報をきいても全く心配しなくていいのが嬉しい。

本当に今でも母が一人暮らしをしていたらと思うと背筋が寒くなる。

 

その母だが昨日は連チャンで二回電話かかってきた。

叔父のお葬式の話をまだきいてないから〜と。どんなんやった?ときいてきた。

不思議。ちゃんと亡くなってお葬式があってわたしが行ったことを覚えている。

何度も説明した話を始めてするようにまた説明してみんなお母さん元気?って気にしてくれてたよ〜と言うと嬉しそう。

電話を切って5分後くらいにまた同じセリフで始まる電話・・・。

全く同じ会話を始めてするようにする。わたしも成長したな。

で、父の兄弟は全員亡くなっているのだが「まだ〇〇さんもおるしね」とか言う母。わけわからん。

「お母さんもボケてしまってダメやけどまだ電話のかけかたはわかるからね」と言っていた。

「すごいね」と褒めておく。

それでもいつも笑って電話を切れるようになった。

母が一人暮らしのときはわたしはキーキー言っていたもの。

 

つい先日NHKで空き家を取材した番組をやっていた。洗い物をしながらだったのでちゃんとは観なかったのだが「親世代にとって家は財産だが子世代にとっては負の遺産」という言葉に激しくうなづいた。

その番組の途中で母から電話。まさかこの番組を観てた?と思ったら違っていたのだが実家がとても気になるので一度見に帰りたいというのが用件だった。「ついこの前、わたしが行ってきたよ」というと「どうやった?」と身を乗り出すような調子できいてくる。

変わりないこと、お隣さんが窓から顔を出して「お母さんは元気?」ときいてきたことなど説明すると「ありがとねー」と機嫌よくなる。この話も何度も繰り返してはいるのだけど。

家にまつわる会話は何かスイッチが入ってしまうようで。

そういえば二週に一度、母のサ高住で出張ハンドマッサージをしてくれている方が母がいつも実家の話をしてくれると言っていたなぁ。お庭があって・・と毎回同じ話なんだろうなぁ。

なんというか、わたしたちの心配や、孫の受験のことなどは眼中になく、とにかく家のことばかり心配している母を見ると寂しい。

祖母や父が亡くなったこともよくわかっていないときもあるし。

もちろん認知症のせいではあるけれど、でももともと母は家族や家庭に興味なかったかなともふと思う。

そういえばこの前も実家の話になり、「お母さん、またあそこに一人で住もうかな」と言っていた。判断力ゼロですね。

父の三回忌にできれば母も一緒に帰省して、と思ってはいたけれど連れて行くと面倒なことになりかねない。もう神奈川に戻らないと言い出しそうだし、実家のことも記憶と違っていたりして混乱しそう。

ということは母は母の姉とはもう一生会えなくなるのかな。

それでいいのかな。

 

薬の話はまた次回にでも。

Posted by roku
認知症 / 21:51 / comments(2) /
急遽帰省

土曜の朝に叔父(父の兄)が亡くなり、日曜お通夜、月曜葬儀となり急遽石川に帰省することに。

母に連絡しても誰かわからないかな〜と思ったらそんなことはなく、連絡してきてくれた長男さんのこともしっかり認識していた。

通夜葬儀にはわたしが行くよーと言うとほな、お香典包まんなんねとスイッチが入る。

お香典は立て替えて持っていくからと電話を切ったあとも5回くらい母から電話。

普通の会話は1時間もすれば忘れてしまうのにこの件は違ったようだ。

帰ってきてから報告の電話をしたが、そのときもちゃんと覚えていてくれた。

記憶が三日間持っていたなんてすごい。

いつもなら午前中に病院に行ったことも午後には忘れているのに。

この件はいつもとは違う引き出しにしまわれたのだな。

 

一泊二日の慌ただしい帰省だったけど実家の様子も見に行く。

9月に帰省したばかりなので変わりはなくポストに郵便物が溜まっていることもなく。

お隣さんが窓越しに顔をのぞかせていたのでごあいさつ。「お母さん、元気か?」と気にしていただいていた。

通夜葬儀の際も親戚の方々から「元気にしておられる?」と口々に尋ねられ、そんなことより叔父の弔問なのに申し訳なく。

これまで親戚とのおつきあいをそれほどしていなかったのだけど(特に父方)やはりこれはこれで大事なことなんだなぁと思ったりもした。

わたしは結婚式も簡単に済ませてしまったし(家族と友達のみ)子供はいないから入学のお祝いのやりとりもなく、帰省といえばお盆や正月を避けた時期。叔父や叔母から見ればずいぶん勝手な娘として認識されていたのだろうか。

来月の父の三回忌も家族のみでやるつもり。

これは非難されるのかどうなのか。よくわからない。

 

父は五人兄弟。これで兄弟全員があちらに集合した。

今頃は好きなお酒をみんなで飲み交わしているのだろうか。

 

Posted by roku
つぶやき・その他 / 10:57 / comments(0) /